82.
現場から離脱したジェスとエルネスト編
「聞いていいだろうか……」
「なぁに~?」
ジュスタンに離脱を任されたジェスに、馬上のエルネストはおずおずと声をかけた。
「貴殿はヴァンディエールと従魔契約したドラゴンなのか……?」
「そうだよ。だけどボクの名前は貴殿じゃなくてジェスだよ」
「…………ジェスはなぜ人の姿に? 前は小さいがドラゴンの姿だったのでは?」
「お母さんに人化魔法を習ったんだ! ジュスタンもすごく喜んでくれたし、ボクすごいでしょ!」
無邪気に胸を張るジェスに毒気を抜かれ、思わず笑みをこぼすエルネスト。
「ああ、すごいな。ドラゴンに会ったのはジェスが初めてだが、人の姿をしているドラゴンの話は聞いた事がない」
「ふふふ、ドラゴンのままだと、エレノアに乗る時はジュスタンの背中にくっつかないといけなかったからね。人化すればこうやって座って乗れるからボクも嬉しいんだ、ねっ、エレノア!」
ジェスの言葉に、エレノアは同意をするように短く嘶いた。
「そういえばそのエレノアというのはこの馬の名前か?」
そう尋ねるエルネストの表情は複雑そうなものだったが、前に座っているジェスからは見えない。
「うん! 聖女と同じ名前なの。エレノアはね~、ジュスタンが優しく呼ぶエレノアは自分だけだって、聖女のエレノアに自慢するんだよ。エレノアには伝わってないけど」
「…………ジェスは馬の言っている事がわかるのか?」
当然のように解説するジェスに対し、訝し気にエルネストが聞く。
「えっとねぇ、言ってる事じゃなくて感情? 気持ちがわかるの!」
「馬が……聖女に自慢……ククッ、ぐぅッ、いたた……」
エルネストが笑うと、ひしゃげた鎧の脇腹部分からジワリと血がにじみ出す。
数は少なかったものの、鬼人のような知能が高い大物もいたため、鎧の継ぎ目を狙って攻撃される事もあった。
「痛い? エレノアがもう少しゆっくり歩こうかって聞いてるよ」
「はは……、エレノア……は賢いんだな。大丈夫だ、このまま進んでくれ」
聖女の名前と同じなせいか、エルネストはためらいながらその名を口に出した。
決して浅いとは言えない傷からにじみ出る血が、点々と石畳にあとを残している。
疲労と失血で段々と意識が朦朧としてきているのを自覚しているエルネストは、早く王城に到着する事を選んだ。
目が霞み、一瞬目の前が暗くなって前のめりに倒れかかる。
前に座るジェスにぶつかり、ゴツンという痛そうな音で意識を取り戻した。
「す、すまない。ぶつかったところは痛くないか?」
「うん? 平気だよ」
幼少の頃から王太子教育で忙しく、弟妹とほとんど遊ぶ事もなく過ごしていたせいで、エルネストは子供の相手の仕方がわからず戸惑っている。
飛んだ意識が戻るような大きな音がしてエルネストが焦っているのに、本当に平気そうな顔をしているジェス。
実際ドラゴンの丈夫さは人間の比ではない。
今回もジュスタンが当たり前のようにジェスを戦闘から遠ざけたが、実際はジェスが本来の大きさになって暴れればもっと早く魔物達は片付いただろう。
弟の姿のジェスに、ジュスタンは無意識に守らなければという考えになっていた。
ジェスもジェスで戦闘が好きというわけでもないので、ジュスタンの意思を尊重しただけだったりする。
「はぁ……はぁ……」
何度も王城に来ているエレノアは、当然のように最短距離で移動していたが、もうすぐ王城という所まで来た頃にはエルネストの呼吸がかなり荒くなっていた。
「大丈夫? ほら、もう着くよ。ボクに掴まってもいいからね」
「ああ……、はぁはぁ、ありがとう……はぁはぁ……」
「あれはヴァンディエール騎士団長の馬じゃあ……どうして子供が……って、エルネスト様っ!? おい! 侍従を呼んで来い!!」
跳ね橋の向こうにいる門番がエルネスト達に気付いて、大きな声で騒ぎ出した。
現在は魔物が現れたという事で、跳ね橋が少し上がっていたがすぐに下ろされ、エレノアは悠々と跳ね橋を渡る。
跳ね橋を渡り切った頃には、王城の中から第一騎士団の騎士や、エルネスト付きの侍従が慌てて走って来た。
ジュスタンの愛馬であるエレノアは名馬で有名なため、騎士達は一目でエルネストが乗っている馬がエレノアであると気付く。
「いったいこれはどういう……、いや、それよりまずはエルネスト様を運ぶぞ! すぐに治癒師を呼べ!!」
第一の従騎士が治癒師を呼ぶため、急いで王城内に戻って行った。
侍従の指示により騎士達はエルネストをエレノアから下し、エルネストが生まれた時から仕えている侍従がそっと声をかける。
「エルネスト様、鎧を脱がせますね。これは……、酷い傷ですね、すぐに治癒師に治してもらいますから、もう少しの辛抱ですよ」
「ああ……、う……っ! はぁはぁ、そうだ、ジェスに……礼を……はぁはぁ」
「ジェス? それはヴァンディエール騎士団長のドラゴンの名前では? それより今は治癒師が来るまであまり話されない方がよろしいかと」
その場にいる誰もが、馬上にいる少年こそがそのドラゴンだとは思いもせずに首を傾げる。
「それじゃあボク達はジュスタンのところに戻るね。行こうエレノア」
騒然としている状況にも関わらず、ジェスは飄々とエレノアと共にその場を立ち去った。
諸事情により間が空きましたが、今日からはまた2、3日に1回更新に戻りますので!