80.
俺達が王都の門に到着すると、次々に外へと流れだしていた住人達が足を止めた。
期待を込めた目で俺達が王都へ入って行くのを見守っている。
「道中聞いた限り、大神殿の辺りが発生源だ。そちらへ向かうぞ、気合を入れろ!!」
部下達の気合の入った返事を背中越しに聞き、愛馬を走らせ大神殿へと向かう。
そこかしこに魔物の死骸が転がっているのを見れば、今まで激しい戦闘が行われていたのがわかるというものだ。
どうやら平民街はほぼ無傷らしい、だから逃げていたのは平民ばかりだったのか。
貴族街は魔物がいるせいで逃げる事ができないらしい。
大神殿に近付くと、魔物の唸り声や咆哮、騎士達の怒声が聞こえてきた。
「怪我した者は下がれ!! もうすぐラルミナ副団長達が交代に来てくれるから、それまで耐えろ!!」
返り血なのか、それとも自身の血なのか、鮮血に染まったエルネストが騎士達を鼓舞していた。
だがその足取りはおぼつかない、いつ倒れてもおかしくなさそうだ。
そこに赤猪の群れが向かっているのが見えた。
「ジェス、エレノアとちょっと離れていろ」
愛馬から飛び降り、エルネストのもとへ走る。
部下達も俺に倣って下馬した、小物ならいいが赤猪ともなると馬達が無傷で済まないからな。
一瞬間に合わず、エルネストは赤猪に体当たりされ、こちらに吹っ飛んで来た。
俺がエルネストを抱き止めると、部下達が援護する形で赤猪に斬りかかる。
「あ……、ヴァンディエール……騎士団長……。すまない、私のせいで……っ」
近くで見るとエルネストもかなり怪我をしているのがわかった。
泣きそうな顔で俺に謝罪の言葉を口にするなんて、かなり心が弱っているようだ。
こういう表情を見ると、やっぱりこいつも歳下なんだなと再認識する。
「必死に頑張ったのは見ればわかる。よく耐えたな、ここは俺達に任せて下がって休むといい」
クシャクシャとエルネストの頭を撫でて立ち上がる。
「ジェス! エレノアに王太子を乗せてやってくれ! 王城の前まで頼む!」
「わかった~! エレノア、ジュスタンのところまで行って」
まるでジェスの言葉がわかっているように、エレノアは俺達の前まで来た。
「え? エレノア……? あの子供……ジェスという名は……」
「説明は後だ、移動中にジェスに聞くといい。ほら、乗せてやる」
「あ……っ、大神殿前の噴水に……」
戸惑うエルネストの脇に手を入れると、身体強化でヒョイと抱き上げてエレノアに乗せた。
「エレノア、頼んだぞ」
ぺちりと尻を叩くと、任せろと言わんばかりに嘶いて走り出した。
エレノアと入れ替わるように、オレール達が姿を現す。
「団長達が到着しているぞ! これより団長の指揮下に入る!! 今回で魔物達を一掃するぞ!!」
オレールのよく通る声に、ここまで一緒に移動してきた部下達の表情も明るくなった。
さっきエルネストが大神殿前の噴水って言っていたな、邪神の欠片みたいなものがあるのかもしれない。
ここからは俺達にとってはいつもの討伐だ。
各小隊、魔物によっては中隊で連携して掃討していく。
「大神殿前の広場まで押し込むぞ!」
山脈に行っていた俺の隊とエリオット隊が第三騎士団の精鋭という事もあり、面白いように魔物達が倒れていく。
二階以上の建物の窓から段々声援が飛ぶようになってきた。
一体、また一体と魔物が倒れるごとに、上の方から歓声が聞こえる。
大神殿近くや貴族街の住人は数日間外に出られず、不安な日々を過ごしていたはずだ。
二時間ほど戦っただろうか、噴水が見える場所まで近づくと、陽炎のような空気のゆらめきから魔物が出現するのが見えた。
「噴水の所に何かあるはずだ! 突っ込むぞ!」
今出現した黒狼は、魔物の中でも頭がいい。噴水を護るかのような陣形で待ち構えている。
「対狼型魔物!!」
そう叫ぶと、山脈に行った部下達が三人一組になる。
狼型の魔物の場合、正面から相手していると不意をついて横から別の個体が攻撃してくるのだ。
あえて一人が先行し、正面から襲ってきた直後、横から別の個体が来た時に後方に控えている二人が左右に分かれて迎撃する。
「あった……!」
部下達の援護のおかげで、身体強化を使って噴水に到着すると、噴水の中に禍々しい赤い装飾品が沈んでいるのが見えた。
どれだけの魔物を斬ったのかわからないボロボロになっている剣だが、これを壊す事くらいできるだろう。
水中の装飾品に魔力を込めた剣を突き立てると、黒い霧が発生した。
まとわりつくようなその霧に嫌な予感がして飛び退く。
「くくく……、今回はここまでのようだ。まぁいい、なかなか心地よい邪気を堪能できたからな。これで邪神様の復活も近付いたというものだ」
黒い霧が集まって黒いローブの男へと変化した、小説の挿絵で見た事がある姿。
邪神の手下で四天王の一人だったはず、なんでこいつがこんな所にいるんだ!?
さすがに疲弊した今の状態でこいつと戦うのは勘弁してもらいたい。
「誰だお前!!」
シモンが男に怒鳴ると、今俺達に気付いたかのように顔を上げた。
「誰……か。私は邪神様の右腕、ダミアン……とでも言っておこうか」
「なんだと!?」
「邪神様の復活は間もなくだ、それまで束の間の休息を噛みしめるといい! ハハハハハ!!」
男は再び黒い霧となって消えてしまった。
コレはアレか、小説の御都合主義。
敵役は今たたみかけたら勝てるだろっていう時に、なぜか見逃してその後に主人公達が成長するやつ。
まぁ、正直助かったからご都合主義万歳だ。
「とりあえず……、王都に残っている魔物を討伐したら休めるぞ! 全滅を確認するまで気を抜くな!!」
「うひょ~! 美味しい酒が待ってるぜぇ!」
「さっさとやっつけちゃおう!」
「もう増えないなら余裕だろ!」
「あっ、あっちでまだ戦ってるようですよ!」
それなりのケガをしているにも関わらず、部下達はまだ元気そうだ。
この後、被害報告で大神殿前の噴水が割れているのは、魔物のせい……という事にしておいた。