79.
『王都まで最短の道を行くのならボクが飛んで行く方へ進むといいよ! オレールがいる所と同じ方向だから!』
ドラゴンの姿で上空へ舞い上がったジェスは、そう言い残して飛んで行った。
渡り鳥並みの方向感覚だな、空を飛んで移動する種族特有の能力なんだろうか。
「王都まで最短距離で向かうぞ! 聖女には悪いが大物が出る範囲を出るまで付き合ってもらうからな。前に乗ると遅くなるから、アクセル団長の後ろに乗ってしっかりしがみついているように」
「はい! 私は大丈夫です!」
ここまでの道中でわかったのは、聖騎士達はあまり魔物との戦闘に慣れていないという事。
第三騎士団だけで急げばより早く到着できるだろうが、ここで別行動をすれば全滅はしないだろうが、聖騎士団にかなりの被害が出る事が予想できる。
「よし。では出発!!」
仕方がないから聖騎士の護衛だけで大丈夫な区域まで急ぐしかない。
行きと違って帰りは下り坂だからうんと早く下山できるだろう。
そして昼過ぎ、ジェスが戻って来た。
休憩がてら停止すると、ジェスは人化して地面に降り立った。
「ただいま~! あのねぇ、ボクが町に飛んで行ったら慌ててオレール達が来たんだ。目の前で人化したらオレール隊のみんなが凄く驚いて……ふふふっ。すっごく面白かったの! ちゃんとオレールにお手紙渡したからね!」
「そうか。ご苦労だったな。みんな、ここで一旦休憩するぞ、馬にも水をやれ。自分達も飲むんだぞ」
下馬した俺に抱き着きながら報告するジェスの頭を撫で、部下達に指示する。
各自支給されている魔法鞄から馬や自分の水を取り出し、思い思いに座り込んで休憩に入った。
「ほら、ジェスも疲れただろう? 水にするか? 果実水にするか?」
「果実水! あとね~、お母さんと食べたお菓子ってまだある?」
「少しなら残ってるぞ。こっちは牛乳を使ってる柔らかい方だが……ほら」
「わぁい!」
ジェスの言っているのは王都出発前に作った菓子のひとつ、サーターアンダギーの事だ。
牛乳を入れるか入れないかで口当たりというか、固さが変わるので両方作ったところ、歯ごたえのある牛乳なしを好んだので手土産に持たせたのはそっちだったのだ。
砂糖が小麦粉の半量だから材料が覚えやすくて、弟達にもよく作っていたおやつのひとつだった。
それを陽向の姿で食べるジェスを見ると込み上げるものがあるが、部下達に気付かれると何を言われるかわからないのでそっと息を吐いて平静を保つ。
「団長~、オレも食べたいな~」
嬉しそうに食べるジェスを見て、シモンがそっと近付いて来た。
お前、さっきまで座って休憩していたんじゃないのか。
「ジェス、わけてやっていいか?」
「うん! みんなで食べるとおいしいもんね!」
「ジェス~、お前はいい子だなぁ。あ~ん、もぐもぐ……ふぁじめて食ったけどぅんまい……」
「飲み込んでから話せ」
「ふぁい……」
一応ひと口で食べられる小さいサイズにしたが、それでも人化したジェスが三口で食べるくらいの大きさなので、ひと口で食べるとまともに話せなくなっている。
「ほらあっちでお前を睨んでるやつらにも渡してこい」
「へぇ~い」
木の器に盛ったサーターアンダギーをシモンに渡す。
一人ひとつくらいしかないが、ちょっとしたエネルギー補給にもなっていいだろう。
シモンが部下達に渡すと、みんなの顔が緩んでいるのが見えた。
あ、ひとつ余った分をシモンが食べようと自分の身体で隠して、こっちに戻ろうとしている。
そこに聖女が近付いて来た、ああ、聖女が欲しがったんだな、笑顔で渡した後に絶望的な顔をして戻って来た。
「団長……、器……返しに来た……」
「ククッ、ああ、ご苦労。ほら、あとひとつやるからそんな顔するんじゃない、他の奴らには内緒だぞ」
「団長……っ!」
魔法鞄からひとつだけ取り出して、シモンに手渡す。
なんだかんだ、率先して魔物と戦っていたのはシモンだったからな、たまにはご褒美をやってもいいだろう。
器に清浄魔法をかけて片付けると、ジェスも食べ終わって待機していた。
「よし、そろそろ出発するぞ! ジェス、その姿で馬に乗るのか? 急ぐから揺れるぞ?」
「大丈夫! ジュスタンの後ろに乗るね!」
先に愛馬にまたがりジェスを引き上げようとしたが、思いのほか身体能力が高いらしく、俺の後ろにヒョイと飛び乗った。
体格差のせいで腰に手を回しきれず、しがみついている状態だが力が強いらしく安定している。
「ジェス、寒ければマントの内側に入っていいからな」
「まだ大丈夫! 人化するとドラゴンの体より寒さに強くなるみたい」
「そうか、無理はするなよ。総員、準備はいいか? 出発!!」
ジェスの道案内と緩やかな下りという地形のおかげか、想定より随分早く安全圏に到達した。
行きはいつまでかかるか不明だった事もあり、体力の消耗を抑えるために休憩が多かったからな。
これならオレール達に二日と遅れずに王都に到着できそうだ。
王都まで馬で半日の距離に近づくと、王都方面から避難してきた者達とすれ違った。
馬を潰すわけにはいかないから休憩をし、同時にその場にいた者達に話を聞く。
小規模のスタンピードが発生したが、どうやらオレール達は間に合ったようだ。
ギリギリまで一緒に移動した聖女に、別れ際に神聖魔法をかけてもらったおかげか、不思議と疲れていない。
できれば俺達が到着するまでに片付いていれば嬉しいが、続々と王都方面から逃げてくる民がいるところを見ると、その期待は儚いようだ。
「あと少しで王都だ! さっさと終わらせて酒を飲むぞ! 俺のおごりだ!!」
おごりの言葉に、部下達が口々に俺を褒めたたえる言葉を返す。
秘蔵の高級酒を持ち出されないようにだけ気を付けよう、そう心に決めて王都までの道を疾走した。