77.
エルネスト視点
再び一人になった部屋で我に返る。
なぜ私はあんな怪しい男が現れたというのに、護衛騎士を呼ばなかった?
王太子という立場上、身元不明な者を近付けないようにしているはずなのに。
お守りと言っていたが、こんな見事な品を何の見返りもなく贈るはずはない。
だが、先ほどの男がどこの誰かもわからないせいで、コレを返す事もできないというのが一番困る。
仕方なくポケットに入れ、ドアの前で待機する護衛騎士に男の事を聞くつもりで部屋から出た。
「エルネスト様、間もなく陛下が夜会終了を告げられるそうです」
「そうか、わかった。父上と合流しよう」
この時、なぜか男との事が頭から消えていた、ポケットの中身の事も一緒に。
夜会が終わり、解散となったが今後の事も含め、どうしても聖女と話がしたくて声をかけた。
だが、神殿長だけでなく聖女本人からも断られてしまい話せずに自室にもどる。
聖女が肩にかけていたのはヴァンディエールの上着だった、いつかの晩餐の日を思い出してしまう。
にこやかに話すディアーヌが、あの日の屈辱が、私の心を蝕むようにジワリと甦る。
そして無意識にポケットの中の物を握り込んでいた事に気付いた。
「何だこれは……?」
いつ手に入れたのか思い出せない。だが、神の加護を得るお守りだとわかった。
誰かにもらったような気もするが、誰だったか……。
恐らく私の派閥の貴族からだろう、普段なら怪しむところだが、なぜか持っているのが当然なのだと思えた。
私室の続き部屋にある執務室の机の引き出しにお守りをそっと仕舞い、その日以降何か不安な事や憤りを感じた時にお守りを握りしめる事がクセになっていた。
「ん? これはこんなに深い色をしていただろうか。それにしても美しい、聖女に贈ったら喜ぶだろうか」
頭の片隅で贈り物をするならディアーヌにするべきだとわかってるはずだった。
だが、まるで欲望があふれ出しているかのように聖女に執着している自分がいる。
「そうだ、そういえばヴァンディエール達がドラゴンの母親を探す遠征に行くと言っていたな。私もそれに同行すれば、聖女との仲も深まるだろう。ヴァンディエールがドラゴンの子供と従魔契約をしたというのなら、その母親とは私が従魔契約をすればいい。そうなれば王太子としての権威が復活するはずだ」
表向きは贖罪という形で父上に願い出ると、改心してくれたのかと喜んで受け入れてくれた。
これで全てが上手くいくと思っていたが、ドラゴンの母親探索の命令を下す日、父上が私が同行する件を提案するとヴァンディエールは拒否をした。
確かに王都の護りが薄くなるのはわかっていた、しかし邪神側の新たな動きの報告もなく、私と護衛騎士数人がいなくなったところで問題はないはずだ。
だったらいっその事、第三騎士団からはヴァンディエールだけにして、他の者には王都の護りを任せればいい。
そんな言葉をなんとか飲み込んだ。
だというのに、ヴァンディエールは私の方を見もせずに言葉を続ける。
「これは王太子を……いえ、ひいてはお三方を護る事になると思っております。夜会で王太子は聖女にことさらご興味がおありのようでしたので、婚約者の存在をお忘れになっておられないかと心配になったまでです」
「無礼な!」
咄嗟に出た言葉はそれだけだった。正直そんな下心が全くないかと問われれば、答えに詰まっただろう。
事実ここにディアーヌがいない事に内心安堵していた。
だが決してディアーヌの事を忘れているわけではなく、将来的に聖女を側室として迎え入れられるかどうか判断するためにも必要な事だと思っての行動なのだ。
「それと、ジェスの母親を探しに行くのであれば、あまり戦力を連れて行くのは得策ではないかと。それこそ討伐に来たのかと思われ、臨戦態勢になるのではと懸念しております。ただでさえ向こうは息子を奪われたと思っているでしょうから」
その後の話は、まるで私がいないかのように進み、結局私は王都に残る事になった。
自室に戻り、いつものようにお守りを握りしめて心の澱を吐き出す。
「なぜだ……っ! ヴァンディエールがタレーラン辺境伯領から戻って来てからというもの、何ひとつ上手くいかない! 裁判以降ディアーヌともすれ違う事が増えてまともに会話したのはいつが最後だったか……」
数日後、聖女達が王都を出発したが、私は王都に残ったままだ。
結局は自身の力で信頼を取り戻すしかないのだから、まずは私にやれることをやろう。
日々の鍛錬と王太子としての政務、しばらく町に視察にも行ってなかったからそろそろ行った方がいいか。
王都の市街地へ向かう事を告げた翌日、護衛騎士と共に馬車で城を出発した。
一番地味な馬車で平民街に向かったが、それでも薄汚れた馬車ばかり走っている平民街では手入れの行き届いたこの馬車は目立つ。
王都に貧民街はあるものの、一定の秩序があるらしく貧しい村程度の廃れ具合だ。
幼い頃に来た時は、道端に飢えた子供がグッタリとしていたものだが、今はそんな子供の姿は見当たらない。
貧しくはあるが、幸せそうに笑っている子供達が通り過ぎて行く。
この国を治める王族として誇らしい気持ちと、私などよりも幸せそうに笑っている姿に憎悪が同時に沸き上がる。
そしていつものように、お守りをギュッと握りしめて気付いた。
なぜ、私はこんな物を持ち歩いているのか。
なぜ、負の感情を持つたびにこれを握りしめているのか。
ありえない状況に気付いた時、ゾッと悪寒が走り、手にしていたお守りの存在が恐ろしく感じた。
最初に見た時よりも明らかに深いというより、どす黒くなった赤い宝玉が禍々しく見える。
帰り道、商人街と貴族街の境目にある大神殿前の広場にある噴水に立ち寄り、その水の中にお守りを沈めた。
きっとこの噴水であれば大神殿の影響でお守りも清められるはず。
何の根拠もなかったが、その時はそれが正しい行為だと信じていた。
あと一回エルネスト視点です