74.
朝食後、撤収するための片付けも済んだのでドワーフの長の家に挨拶に向かった。
その間に剣を持って行かれた者達が自分の剣を回収しに行っている。
しかし持っていた者達の正確な住所を知らないせいで、大声で呼んでいる声が集落に響き渡っている状態だ。
最悪の場合、長から職人を集めてもらって返してもらえばいいだろう。
ドワーフだからといって、全員が鍛冶職人ではないので人数は限られているはず。
「おお、来たか。先ほど蒼のも王都に向かうと聞いたが、そうなるとドラゴンの鱗という素材が手に入りづらくなる。すぐにとは言わんが、我らドワーフも何人か王都に行く事になるやもしれん。その時は受け入れ先の手配を頼んでいいか?」
顔を合わせて開口一番、長がそんな事を言った。
「いいのか? 国で抱えている職人集団として働いてくれるならありがたいが……。昨日話題に出たボスコも所属しているんだが、そこで腕を振るってくれるというなら陛下に話を通しておく。俺達が所属する第三騎士団からも近いから、何かあれば力になれるしな」
「ほぅ……、ならば妾はどこに受け入れられる? 坊やもいる事だし、妾もお主と従魔契約でもしようか」
「「えぇっ!?」」
まさかの発言に、俺と長が同時に声を上げた。
「ほほほ、たとえばの話ではないか。…………本当にそれもありだな」
口元を隠して最後に何か言ったようだが、俺には聞き取れなかった。
「ま、まぁ、ジェスの母上が来てくれるというのなら、ジェスと一緒にいたいだろうから第三騎士団で過ごしてもらってもいいし、人化のまま過ごしてくれるというのなら家を借りても買っても構わない」
「おお、それはありがたい。して、妾の事をずっとジェスの母上と呼ぶ気か? 仮でも構わん、呼び名をつけるがよい」
確かにずっとそう呼ぶのは大変か。呼ぶときに毎回ジェスの母上とは言いづらいのは確かだ。
「呼び名か……、どうせならジェスと同じような……、そうだ、ジャンヌはどうだろうか」
邪神と一緒に戦ってくれるわけだし、勝利の女神として扱われた聖人の名前ならちょうどいいだろう。
「悪くない。もう一度呼んでくれ」
「ジャンヌ」
再び名前を口にした瞬間、覚えのある感覚に襲われた。
「嘘……だろ……!?」
「ふふふ、これからよろしく頼むぞ主殿」
してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべたジャンヌを見て、やっと最初から従魔契約をするつもりで俺に名前を付けさせたのだと気付いた。
「…………いいのか? ジャンヌは二百年も生きたドラゴンなんだろう? それなのに人間なんかの従魔になるだなんて」
「どうせ主殿は百年も生きぬのだから、その程度の期間であれば戯れに従魔契約を結んだとて問題ない。それに……妾が王都に向かう時に、何の制約もなければ人族は恐怖心を抱くのでは? 坊や……ジェスと従魔契約をした実績がある主殿であれば、周りの安心感も絶対というものだ」
むしろ俺の存在が脅威として見られるという危険があるとか、全然考えていないんだろうな。
ドラゴンを二体も従魔契約しただなんて、恐らく歴史上でも俺が初めてなんじゃないだろうか。
ジャンヌの隣では長が目も口も大きく開けたまま固まっている。
「その……、長がとても衝撃を受けたようだが、大丈夫なのか?」
「なに、ジェスの無事を確認できるまでは、人族の仕業であれば殲滅してやろうと言っていたからな。手のひらを返したように従魔契約を結んだ事に驚いているのだろう」
そんなジャンヌの言葉に長がハッと我に返った。
「いやいやいや! 邪神討伐が終わったらまたここに戻って来ると思っておったのに、従魔契約を結んだとなると話は違ってくるではないか!! この人族が死ぬまで戻って来ないという事だろう!?」
「待ってくれ、俺は別に自分のところに縛り付けようなんて思ってない。普段は山脈で生活していても構わないと思っているしな」
こんな美人が第三の中をウロウロしていたら、ドラゴンだとわかっていても不埒な考えを持つ者が出てきても不思議じゃない。
そう思っていたが、長は首を振った。
「いや、従魔契約というものを結ぶと、主の傍が心地よく感じるらしい。数日であれば問題なかろうが、常に離れていると落ち着かんと聞いたぞ。テイマーですら従魔と普段から一緒だろう? 従魔契約であればもっと絆が深くなるから余計にそうなる。召喚獣ともなればまた別らしいが」
え? だったらそっちの方が俺的にはよかったんだが。
そう思ってジャンヌを見ると、フイと目を逸らされた。
「召喚契約だと呼ばれた時にしか菓子が食べられぬではないか」
ちょっと待て、お前さてはジェスと一緒にいたいからじゃなくて、菓子に釣られて契約したな!?
正確には菓子というより魔力なんだろうけど、それでいいのかドラゴン。
「それはそうと……、王都の方角からなにやら妙な気配がするのだが」
「ん? 西の森の方から妙な気配がすると言っていたが、同じようなものか?」
「ああ、あの時はなぜか急に妙な気配が消えたから、スタンピードの前兆だと思ったのは間違いだったようだの」
二人が話している内容には心当たりがあった。
大体の現在地からして、二人が言っているのはタレーラン辺境伯領の事だろう。そしてスタンピードの前兆を王都から感じるとなると……まさか……。
「我々は急いで戻らねばならないようだ、このまま出発する。ジャンヌは今から一緒に来るのか? それともドワーフ達と一緒に?」
「ドワーフ達だけではここから王都まで行くのに不都合があろう、妾はドワーフ達と共に王都へ向かうとしよう。何かあればジェスを遣いに出すといい、妾がおらずとも人化を覚えた今なら伝言を他の者に頼む事も可能ゆえ」
「そうか……! ジェスならドラゴンの姿で飛んで行って、オレールに連絡する事も可能というわけか! ありがとう、では王都で待っている」
「ああ、待っていておくれ主殿」
俺は急いで手紙を書いてジェスに託した。
王都にスタンピード、及びそれに類似する危険の可能性にて応援に向かえ、こちらも急いで帰還する、と。
オレールが人化したジェスに驚く様子を見られないのは少し残念だ。
次回から数話エルネスト視点となります。