67.
三連休が終わり、部下達が滞在する予定の各領地には、先触れの使者がすでに向かっている。
タレーラン辺境伯領以外は戦力の関係上、森と接する面積を少なくするために領地が小さい。
しかし、魔物の素材が収入源となるため、経済的には豊かなところがほとんどだ。
吐く息が白い早朝、いつもの訓練場には第三騎士団の騎士と従騎士が全員揃っていた。
これ、装備品に温度調節の魔法が付与されていなかったら、キンキンに冷えた防具でしもやけにでもなるんじゃなかろうか。
「みんな、準備はいいか? まずは聖女を迎えに大神殿へと向かう、出発!!」
俺の号令に、部下達が気合の入った返事をして第三の訓練場を出発した。
フル装備で全員騎馬、それが五十名なのでとても目立つ。
しかしジェスが王都に来た時や、その他でもそれなりに役立つ事をさせているせいか、タレーラン辺境伯領から戻った時のような冷たい視線はほとんどない。
全くないとは言わないが。
大神殿の前に到着すると、二十人の聖騎士と馬車に乗った聖女が待っていた。
一応森の中も走れるようにか一頭引きの小さい馬車ではあるが、途中から置いて行く事になりそうだ。
「ヴァンディエール騎士団長、今日からよろしくお願いします」
そう言って騎乗したまま手を差し出してきたのは、聖騎士の騎士団長であるアクセル……だったか。
「ああ、よろしく頼む。最後まで同行する第三騎士団の者は十名になるが、それまでは見ての通り大所帯だからな、お互い揉め事が起こらぬよう部下達の見張りを頑張ろう」
「……っ! ふふ、そうですね。第三騎士団をまとめ上げているヴァンディエール騎士団長の手腕、拝見させていただきます」
聖騎士といえども言う事を聞かない奴もいるだろうと思って出た言葉だったが、思いのほかアクセルには響いたようだ。
実際森に行くまでに、一番懸念すべきは内部分裂だからな。
「ではヴァンディエール侯爵領を除く領地を西側の森沿いに北上し、各領地に第三の部下達を置いていきながら移動するという事でいいな? 先導は我々がする。聖女の護衛は聖騎士達に任せる」
「わかりました、では後方の護りは任せてください」
今にも馬車から飛び出さんばかりにこちらを見ている聖女に対し、会釈だけして隊列の先頭に移動した。
「では出発!」
今回の遠征は一般の国民には詳しく伝えられていない。
邪神の復活だなんだと、今の段階ではパニックになるだけだろうという事で、せめてジェスの母親を仲間にして希望がある状態で公表したいのだとか。
小説だと聖女の存在だけでも十分希望になってたはずなんだけどな。
もしかして王太子のエルネストとセットだったから、民が希望を抱いた……とかだったりして。
え? これエルネストがいないとダメとかじゃないよな?
王都を出て、隣の領地で一度休憩する事になった。
普段冒険者や商隊が休憩や野営に使う場所で、馬達にも水を飲ませて休ませる。
『ジュスタン! 休憩? お菓子食べる!』
下馬した途端に、ジェスが俺の背中から出てきた。
最初はシモンの頭に掴まって移動するつもりだったらしいが、寒さに耐えられず結局俺の背中に付いていた。
昨日午後から菓子作りをしていたから、俺の魔法鞄にたっぷり入っている事を知っているせいで食べる気満々だ。
「わかったわかった。じゃあひとつだけだぞ」
『わぁい!』
取り出したのは昨日作った内のひとつ、スティックチーズケーキだ。
実はこのチーズケーキ、母親が家でお酒を飲む時に合うとか言って、時々作らされていた。
砕いたビスケットを使わないタイプなので、他のチーズケーキのレシピよりひと手間少なく作れる。
俺の代わりに愛馬の上に座り、ムシャムシャと美味しそうに食べるジェス。
そしてそれを羨ましそうに見る部下達。
「団長、可愛い部下達の分は?」
シモンがわざとらしく下唇を噛んで訴えてきた。
近くにいたジュスタン隊の他の奴らも、同意とばかりにこちらを見ている。
俺はわざとらしく辺りを見回した。
「可愛い部下? どこにいるんだ?」
「ひでぇっ! ジェスだけずるい!!」
『もう食べちゃったもんね~』
嘆くシモンにドヤ顔を向けながら、ジェスは手に付いた欠片を舐め取っている。
「あのなぁ、全員分あるならともかく、お前らだけ食べていたら他の奴らから文句が出るだろうが。…………森に入ってからなら食べさせてやるから我慢しろ」
「やった!」
最後に声をひそめて言うと、シモンも声をひそめて小さくガッツポーズをした。
しかし、ジェスがチーズケーキを食べているところを見ていたのは部下達だけではなかった。
「ジュスタン団長……、ジェスちゃんにお菓子をあげてたんですか? あの……、私が作った物もあるので、あげてもいいでしょうか?」
どうやら俺が作った事はバレていないようだが、すぐ近くに聖騎士二人を連れた聖女が立っていた。
「食べるかどうかはジェスに聞いてみないと。ジェス、聖女が作った菓子があるそうだが、食べるか?」
『食べる! 聖女の魔力も美味しいもん!』
「ああそうか、そういえば聖女が浄化した魔石も食べていたもんな。ジェスは食べると言っている」
「わぁ、よかった! ジェスちゃん、よかったらここから私の馬車に一緒に乗っていかない? 暖かくて景色も見られるよ。ずっとジュスタン団長の背中にいたら、温かいかもしれないけど、景色が見れないでしょ? どう?」
どうやらずっと一人で馬車に乗っているのも退屈らしい。
会話が成立しなくても、話しかける相手が欲しいのだろう。
「ジェス、どうする? どうせ行き先は同じだからすごく離れる事はないし、聖女の馬車に乗るか?」
『う~ん、お菓子くれるからいいよ! ジュスタン、さみしくなったらすぐに呼んでね!』
「ククッ、ああ、わかった。聖女、ジェスは一緒に馬車に乗るらしい。ジェスを頼んだ」
「わかりました! ジェスちゃんおいで! 馬車にお菓子があるから一緒に行こう!」
両手を広げてジェスを受け入れる聖女。
まるで誘拐犯の常套句のような事を言いながらジェスを連れて行った。
数分後、俺は少し軽くなった背中で休憩所を出発した。