60.
夜会から数日経ち、最近訓練ばかりだと団員から文句が出始めた頃に陛下からの呼び出しがあった。
行き先は謁見の間、つまりは公式の任務である可能性が高い。
控室に案内されると、そこには聖女と見慣れない神官がいた。
「あっ、ジュスタン団長! よかったぁ、私だけ呼び出されたと思って、ちょっと心細かったんです。そうそう、こちら新しく神官長になったジュリアン神官長です」
「お初にお目にかかりますヴァンディエール騎士団長、どうぞよろしくお願いいたします」
聖女に紹介され、恭しく俺に頭を下げる神官長。
どうやら派閥的には神殿長側のようだな、俺に対する敵意がない。
「こちらこそ、よろしく頼む。邪神討伐の際は神殿の力を借りる事になるだろうからな」
「そういえば今日はジェスちゃんは一緒じゃないんですか?」
スッキリとした俺の背中を覗き込んで、聖女が聞いてきた。
「ああ、最近部下達と仲良くなってよく遊んでいるようだ。精神年齢が近いせいだろう」
「ふふっ、それって騎士の皆さんが子供だって言ってますよ?」
「事実だ」
そんなやり取りをしつつ待っていると、聖女と同時に呼び出された。
係の者が俺達の来訪を告げ、謁見の間の扉が開く。
ズラリと並ぶ大臣達と……どうしてお前がここにいるんだエルネスト。
嫌な予感がするが、まずは作法通りに挨拶をした。
「よく来てくれた。今日呼び出したのは他でもない、ヴァンディエール騎士団長が従魔契約したドラゴンの母親を探して、邪神討伐に備えてほしいのだ。そしてこれまでの贖罪として、エルネストが同行したいと申しておるのだが……構わぬか?」
う そ だ ろ !?
勘弁してくれ!! そう言いたいが陛下の言い方は、聞いているようで命令しているやつだ。
俺一人の問題でもないし、そう思ってチラリと聖女の方を見ると縋るような目で俺を見ていた。
この時俺と聖女の気持ちは一つだったと思う、嫌だという気持ちでな!
「どうかエルネストに機会を与えてやってはくれぬか」
何も言わなかったせいか、陛下が追い打ちをかけてきた。
もしかしてこれは本来、主人公として聖女と邪神の四天王であるジェスの母親と戦うというストーリーの強制力なのだろうか。
「……恐れながら申し上げます。我々第三騎士団が聖女様と共に王都を離れるのであれば、王太子には王都の護りを固めていただいた方がよいかと」
俺がそう進言すると、隣で聖女がホッと息を吐いた。
名君なんだが、これまで品行方正で育ってきた王太子を見ているせいか、なんだかんだ息子に甘いよな。
裁判の時の罰も結局、叱責と軟禁でうやむやにしているわけだし。
「それでは贖罪にならぬのではないか? 苦労してこそ贖罪になるとエルネストは思っているようだが」
同行させた場合、苦労するのは王太子よりこっちになると思うのは気のせいか?
隣の息子の顔を見てほしい、わかりやすくかなり悔しそうにしているぞ。
本人も自覚があるとは思うが、ここは聖女のためにもハッキリさせておいた方がいいかもしれない。
「これは王太子を……いえ、ひいてはお三方を護る事になると思っております。夜会で王太子は聖女にことさらご興味がおありのようでしたので、婚約者の存在をお忘れになっておられないかと心配になったまでです」
この場にいる者のほとんどはあの夜会に出席していたからか、納得したように頷く者が何人もいた。
「無礼な!」
「それと、ジェスの母親を探しに行くのであれば、あまり戦力を連れて行くのは得策ではないかと。それこそ討伐に来たのかと思われ、臨戦態勢になるのではと懸念しております。ただでさえ向こうは息子を奪われたと思っているでしょうから。探索の効率を重視するならば、私の小隊とジェスだけで行くのが最良だと思われますが、ジェスを最初にテイムした時は聖女様の助けがあったおかげでしたし、聖女様の同行は必要でしょう」
憤るエルネストを無視して語ると、陛下は考え込むように顎に手を当てた。
実際聖女が行くとなると、聖騎士が必ずついて来る。道中の安全のために数十人は同行するだろう、恐らく素行不良で名高い第三騎士団から聖女を護るためにも。
つまり第三騎士団の人数が少ない方が、同行する聖騎士の数も減るというものだ。
それでも最低十人は来るんだろうな。
もしかして陛下は俺がいない王都に、第三騎士団の連中を置いておくのが不安なのだろうか。
これまでの事を考えたら、ボスのいない野犬を王都に放すようなものだからな。
仕方ない、あいつらも訓練ばかりで文句を言っていたから、道中の戦力不足の領地で暴れさせてやろう。
「だが母ドラゴンの居場所はわかっておらぬのだろう? ならば探索する人数は多い方がよいのではないか?」
「それに関してはジェスが大体の方向がわかると言っていたので問題ないでしょう。それよりも森に面した領地で、戦力不足な所も多いのではありませんか? ジェスの母親は森の奥の山脈にいるらしいので、行くだけでもひと月以上かかると思われます。その状態で応援を要請されても間に合わないでしょうから、一個小隊ずつ各領地に配置していこうと思うのですが、いかがでしょうか」
「確かにそれならば、どこに魔物が多く発生しても被害が増える前に増援を得られる……か」
「はい、緊急連絡手段をそれまでに確立し、万が一の場合は近くにいる者達から応援に駆け付けられるようにしたいとおもっております」
「ふむ、そこまで考えているのならヴァンディエール騎士団長の提案を採用しよう」
「恐れ入ります」
この時エルネストを同行させた方がよかったと思う事になるとは、この時の俺は思ってもみなかった。