44.
移動疲れで泥のように眠った翌朝、妙に空気が重く感じて目が覚めた。
これまで何度となく感じてきたこの空気は魔物が出る時特有のものだ。
「『清浄』、『風道』総員厳戒態勢! すぐに装備を整えよ!」
風魔法で宿舎全体に声を届けながらも、自分の鎧を装備していく。
この時間だと早めのやつらが食事を始めたくらいか。
今日は外回りをしながらゆっくり今後の対策を練ろうと思っていたのに、そんな暇はなさそうだ。
装備を整えると部屋を飛び出し、玄関のホールへと向かう。
「料理長、恐らく魔物が王都内に出現していると思われる、宿舎から出ないように。それと戻って来たら腹いっぱい食べられるように準備を頼む」
「は、はいっ!」
心配そうに食堂から顔を出していた料理長を安心させるように笑みを見せる。
その頃にはジュスタン隊とオレール隊のメンバーが玄関ホールに集合した。
「団長、何がありました?」
「団長! 商人街の辺りに魔物がいるようです! 一瞬でしたが飛んでいるように見えました!」
オレールとほぼ同時に、三階の部屋に住むロッシュ隊のアルバンが吹き抜けから叫んだ。
高い場所だからこそ見えたのだろう。
あれ? ちょっと待て、小説だとこのくらいの時期って……ドラゴンが暴れてないか?
けど本来は闇落ちした俺が邪神の下僕にそそのかされて、与えられた魔石を自分とドラゴンに埋め込んで操っていたはず。
だが俺は何もしていない……という事は、他の誰かが?
さすがに今のエルネストでも王都を灰にする危険は冒さないだろう、自暴自棄になったとしても国を思う気持ちは本物だったからな。
この状況でドラゴンが出現して得をする人物……、ドラゴンを弱体化させられる聖女か!
いや、正確には聖女を活躍させたい神殿だな、さらに言えば怪しいのは神官長。
裁判の時の偽証人である従騎士が、神官長と言いかけた場面が脳裏に浮かんだ。
「王都の被害を最小限に抑えるため、ジュスタン隊が先行する! オレール、残りの団員が揃い次第、対ワイバーン陣形で囲め! 相手はドラゴンの可能性がある、気合を入れさせて来いよ!」
「はい!」
「ジュスタン隊行くぞ!」
「「「「はいっ!」」」」
普段緩い態度の部下達も、こういう緊急時には顔つきが変わる。
厩舎で厩番に全員出動になると告げ、俺達は自分の愛馬の準備を迅速に済ませて商人街へと向かった。
「くそっ、雪が降ってきたか……!」
粉雪が顔に当たり、視界が一気に悪くなる。
しかし遠くから悲鳴が聞こえてきて速度を上げた。
「まずは状況確認! できれば大神殿へ誘導するぞ!」
「団長! 交易広場じゃないのか!?」
ガスパールの言う交易広場とは、商人街にある定期的に大きな市場が開かれるかなり広い場所だ。
対して大神殿は貴族街と商人街の境目にある。
「恐らく大神殿に聖女が来ているはずだ! 弱体化させれば討伐が楽になる!」
「ははっ、楽になるって事はドラゴンでも俺達で倒せると思ってるのか! さすが団長!」
「俺達ならできるだろう? 逃げ腰になった奴はあとでお仕置きだからな!」
「そりゃドラゴンより怖ぇな!」
シモンが軽口を叩きながらも、顔つきが戦闘時のものへと変わっていく。
大物が近くにいると肌で感じているせいだろう。
人々が走って来た方向へと向かうと、二階建ての家ほどの黒いドラゴンが魔石店を破壊し、荒らしていた。
近くには第二騎士団と思われる騎士達が数人転がっているが、もうこと切れているようだ。
きっと住人達を逃がすために犠牲になったのだろう。
「いたぞ! 攻撃したら囮となって誘導する! お前達は離れた後方から援護しろ!」
「「「「はいっ!」」」」
魔石を貪るドラゴンの体が一回り大きくなったように見える。
俺はドラゴンの背後を愛馬で走り抜けると同時に、尻尾の根本を斬り付けた。
「ギャオォォォオ!!」
一瞬遅れてドラゴンが雄叫びのような鳴き声を上げ、これ見よがしに剣を振って付着した血を払う俺を睨みつけた。
魔力を纏わせて斬ったというのに、大した傷にはなっていない。
それでも傷を付けられた事に、怒りを露わにして俺を追いかけ始めた。
部下達は住人に家から出るなと警告しながらドラゴンを挟む形で追いかけて来る、幸いドラゴンは俺しか目に入っていないようで、部下達には見向きもせずにまっしぐらだ。
「がんばれエレノア、もうすぐ大神殿だ」
威圧にやられているのか、いつもと様子の違う愛馬に優しく声をかけて落ち着かせる。
ドラゴンがギリギリ通れる通路を選んで暴れにくくしているが、ガリガリと壁を削りながら移動するため、イライラしているのがわかった。
大神殿の前は交易広場ほどではないにしても、人々が集まれるようにそれなりの広場がある。
建物の間から脱出したドラゴンは羽ばたいたかと思うと、俺の行く手を塞ぐように先回りした。
しかし、ドラゴンが大神殿前に現れた事により、聖騎士達が慌てて飛び出してくるのが見えた。
どうせ大神殿が手薄にならないようにとかなんとか理由をつけて、聖女の登場まで戦闘に参加する気はなかったのだろう。
その聖騎士達に囲まれている一人の少女の姿が見えた、きっとあれが聖女なのだろう。
聖女は神官長に何か囁かれると、手を組んで祈るように目を瞑った。
すると聖女は仄かな光に包まれ、同時にドラゴンの動きが緩慢になっていく。
それでも力強さは他の魔物と比べ物にならないほどだ、距離を取って観察していると、小説に出ていた赤黒魔石がドラゴンの首元にあるのを確認できた。
あれは操っている者と同調させるための物のはず。
振り下ろされるドラゴンの腕を剣で受け流しながら、小説で読んだ知識を総動員させた。