35.
「第一に裁判所で虚偽の証言をした事。第二に仮にその証言が本当だったとしたら、脹脛を怪我した時点で敵に背を向けている事になる。令嬢を拉致しようとした者を捕えようとしたなら、後ろ傷ではなく向こう傷がつくはずだろう? そんな者に聖騎士になる資格などない。まぁ、悪だくみをしている神殿でなら、実力より疑問を持たず言いなりになる都合のいい駒の方が重用されるだろうな」
キッパリと言ってやると、自称証人の従騎士の顔色は真っ青になった。
幼い頃から頑張ってきて、あと数年すれば聖騎士になれるというのに、神殿が悪だくみをしている事を認めるか、それとも自分が勝手に嘘をついた事にして聖騎士の座を諦めるかの二択を迫られているのだから当然か。
立ち姿からして大した実力もなさそうだから、捨て駒としか思われていないのだろう。
動揺しているせいか、焦点の合っていない目でなにやらブツブツ言い始めた。
「そ、そんな……、これは正しい行為だと神官ちょ」
「何を不敬な事を!!」
従騎士の声をかき消すような大声を出しながら、傍聴席から神官服を着た男が前列に出てきた。
今、この従騎士、神官長って言おうとしてなかったか?
この時点で俺の予想はかなり当たっていると考えていいだろう。
突然の神官の登場に傍聴席が騒つく。これまで俺から隠れるように傍聴人に紛れていたくせに、証人に仕立て上げた従騎士が余計な事を言いそうだったから、慌てて出てきたと見た。
「静粛に」
裁判長がカンカンとガベルを鳴らすと、法廷内がシンと静まり返った。
「裁判長! 先ほどのヴァンディール騎士団長の言葉は神殿を侮辱する言葉です! 私は神官として抗議します!」
真っ先に静寂を破ったのは先ほどの神官だった。
お前さては勇者だな? 裁判長の眉がピクッと片方上がったぞ。
「発言をしていいのは証言台に立った者だけです。傍聴人は静かにするように」
神官は反論しようと口を開いたが、裁判長に睨まれて悔しそうに口を閉じた。
とりあえず追い打ちをかけてやるか。
「裁判長、証人に対して反論したいのですが」
「どうぞ」
「拉致未遂当事者のお二人がいらっしゃればすぐにわかる事ですが、拉致を阻止したのはそちらの従騎士ではなく、私です」
キッパリと言うと、面白いくらいに傍聴人達が騒ぎ出した。
裁判長が再びガベルを鳴らす。
「静粛に! 傍聴人達は静粛に!」
俺の発言のせいで、完全には静かにならずにヒソヒソとそこかしこから声が聞こえている。
しかし裁判の邪魔にならない程度の声量になったからか、裁判長は視線で続きを促してきた。
「どうやら私を陥れたい者達が協力しているようですが、連携が甘いようですね。証拠品の短剣は私の物です、しかしタレーラン辺境伯令嬢を担ぎ上げて立ち去ろうとした下男風の男の脹脛に刺さったのであって、そちらの証言台にいる者は現場にいませんでした」
「では証人は証人でないと?」
大きくなりかけた騒めきに被せるように、裁判長が俺に質問する。
「はい、仕立て上げられた証人でしょうね。ここからはあくまで状況からの私の憶測になりますが……、拉致を企てたのは神殿でしょう、最近の魔物の増え具合からして間もなく聖女の存在が発表されると思います。そうなれば神殿としては聖女を王太子の婚約者にしたい、しかしすでに王太子に婚約者はいる、もしも婚約者に不名誉な事が起これば婚約は取り消しになるでしょう」
途中でさっきの神官が騒ぎそうになっていたので、殺気を飛ばして黙らせてやった。
傍聴人達はというと、俺の言葉を聞き逃さないと言わんばかりに静かに聞き入っている。
「そして私と被害者のお二人が一緒にいたという証言を得た王太子が、私を犯人と信じたいあまりに当事者の話も碌に聞かずに裁判を開くと言い出し、神殿はその思い込みを利用して自分達の罪を隠蔽しようとした……というところでしょうか。私が助けたと思わずにね。その短剣は特注品ではなく、普通に売られているものなので、私が持っている物を買い足した物だと店の者に証言でもさせるつもりだったのかもしれません」
「お前がディアーヌを助けたなんて信じられるか!」
「王太子、静粛に」
立ち上がって抗議するエルネストを、裁判長が静かにたしなめた。
「今の王太子の言葉は私の推測が真実に近いと物語っていると思いませんか? もしかしたら真実を話されると都合が悪いからとお二人を監禁しているのでは、とすら思ってしまいますね。普通は当事者が証言するものでは? あの日お二人を馬車に乗せた御者すらいないではありませんか」
傍聴席からは「確かに」「おかしい」「まさか本当に」と、明らかに俺の意見を信じているような囁き声が聞こえている。
もう一息だな。
「第二騎士団は上から言われた事を信じて己の職務を全うしただけですが、その指示を出した者は真実を知っていながら嘘の情報で王国の騎士団を騙したのです。その指示を出した者を裁判にかける事をおすすめしますよ」
その時、俺と偽証人が入って来た扉が勢いよく開いた。
「お待ちください! ヴァンディエール騎士団長はわたくし達を助けてくださったのです! 決して拉致犯などではありません!」
入るなりそう叫んだのは侍女服を着たディアーヌ嬢。
もしかして侍女になりすまして王城を抜け出してきたのだろうか。
当然ながら法廷内は騒めきというより、どよめいている。
エルネストの奴、口を金魚みたいにパクパク動かして滑稽だな。
俺は感謝の意を込めてディアーヌ嬢に向かって騎士の敬礼をし、裁判長に向き直る。
「お聞きになりましたか裁判長。姿を見る限り、タレーラン辺境伯令嬢は王城に閉じ込められていたからこそ、この侍女服で参られたのでしょう。これは私が犯人でないと知っていて、犯人にしたい者の仕業です。ぜひともその者をここに立たせていただきたい」
「うむ、被告人ジュスタン・ド・ヴァンディエール侯爵令息を無罪とする! 衛兵は嘘の証言をした証人を捕えろ! これにて閉廷!」
この日最後のガベルの音が、法廷内に響きわたった。
従騎士の抵抗する叫びと共に。