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33.

「よしよし、臭いは消えたな」



 満足してムフーと鼻息が出てしまった。



「な、何を考えているんだ?」



「は? 汚いし臭いから、少しでも居心地をよくしただけじゃないか。客室はダメなんだろう? それに身体が汚れていると気分も(すさ)んでくるからな、囚人達も少しは気分がよくなって大人しくなるんじゃないか?」



 ニヤリと笑いかけたが、コンスタンはまるで化け物を見たような目を向けてきた。



「お前……、本当にジュスタンか……?」



「ははっ、呼び方が昔に戻っているぞ? ジュスタン・ド・ヴァンディエール以外の誰に見えるというんだ?」



 内心ヒヤリとしたが、俺がジュスタンである事には変わりないと開き直るしかない。

 囚人達はさっきまで服も本人も薄汚れていたのに、スッキリと汚れも臭いも消えている自分達に驚いて少年のようにはしゃいでいる。



 ここにいる奴らはまともな手段では生計が立てられないような貧民街(スラム)の住人がほとんどだろう、当然貴族が使う魔法を目にする事も、ましてや体験するなんて事はなかったはずだ。



「……まぁいい、これ以上余計な真似はしない事だ」



「裁判後にはお前に頭を下げられるわけだからな、今は大人しくしてやるさ。あ、だが食事だけは自分の物を食べたいから、魔法鞄(マジックバッグ)を持って来てくれ。それくらいならいいだろう? 第二の予算も浮くわけだし」



「貴殿の魔法鞄(マジックバッグ)は持ち主にしか使えない仕様だったはずだ。……取り出す時には立ち会うからな。さぁ、ここに入れ」



 この地下牢は八室中、六室が八人入れるもの、二室が二人用になっており、俺が入ったのは入り口からすぐの誰もいない二人用だった。

 しかしお互い監視させるためか、横の壁の三分の一は格子になっているせいで、隣の牢の囚人達が鈴なりになってこちらを覗いている。



 やめろ、俺は動物園のパンダでもなければコアラでもないぞ。

 でもまぁ、牢屋にずっといては暇で仕方ないのだろう、暇つぶしにちょっと相手してやるか。

 そう思っていたら、ちょうど囚人の一人が話しかけてきた。



「団長さんよぅ、本当にあんた一体何したんだ? お貴族様だってのにこんな最下層の牢に入れられるなんてよ」



「ん? 最下層の牢? 牢屋というのは全てこんな物じゃないのか?」



 (ジュスタン)の記憶に牢屋の記憶はない、俺が相手してきたのは魔物か道中現れる盗賊だったから、出会えば全て殺してきたせいだ。

 あとは実家の侯爵領の牢屋もこんな感じだったし。



「ぎゃははは! 普通お貴族様は専用の綺麗な部屋だっていうじゃねぇか! それなのによぉ!」



「う~ん……、ただの嫌がらせだろう。濡れ衣を着せて人を(おとし)めようとする、器の小さい男が考えそうな事だ」



「ヒュ~、言うねぇ。あんた色々恨まれてそうだもんなぁ」



「まぁ、お前達からしたら、俺が来て牢内も自身も綺麗になって嬉しいだろう。身体が綺麗になって、少しは気持ちもサッパリしたんじゃないか? 数分前なら自分の頭も触りたくなかっただろう?」



 鉄格子に近付き、ワシャワシャと頭を撫でてやる。

 言葉遣いからもっと年齢が上だと思っていた奴が、近くで見たら俺より若そうだ。

 きっと周りの言葉遣いが移ったんだろう。



「なっ、や、やめろ!!」



「ははは、何だ、照れているのか?」



 地下牢に姿を見せた瞬間は悪意しか向けられていなかったが、清浄魔法のおかげか物言いはともかく、随分囚人達の当たりが柔らかくなった。

 コンスタンは渋い顔をして立ち去ったが、見張り番の騎士達は明らかに表情が明るくなっている。

 さっきまで臭かったもんな。



 昼食の時間になると、パン粥のような物が運ばれてきて囚人達に配っている。

 どうやら朝と昼はこれが普通らしい、最初に食事は自分の物にするって言っておいて本当によかった!!

 そして本人が宣言した通り、コンスタンが俺の魔法鞄(マジックバッグ)を持って現れた。



「ほら、持って来てやったぞ。食事以外は取り出すな」



「はいはい」


 

 格子の隙間から手を伸ばし、鞄を開けると中からタレーラン辺境伯領で作ってもらった弁当を二つ取り出す。

 一つは温かいおかずが入った物、もう一つはサンドイッチが入った物だ。

 弁当を取り出して鞄の口を閉める、これで誰も勝手に物を取り出せない。



「もういいな。魔法鞄(これ)は回収する」



「ああ、夕食の時も頼むぞ」



「…………一体何食分入っているんだ」



「どうだったかな? 三日分作ってもらって、一日で戻る事になったからその分余ってるだけだ」



「ふん、明日には裁判が開かれるらしいぞ。それで有罪が確定したら他の囚人達と同じ物を食べる事になる、精々それまでしっかり味わっておくんだな」



「そりゃどうも。残念だが裁判が終われば俺は自由の身になってるぞ? そうだなぁ、今回はこうやって融通きかせてくれたから、お前も職務だった事だし、復讐はしないでおいてやるさ。黒幕はどうなるか知らないがな、ククク」



「なんだ、私の知っているヴァンディエールに戻ったじゃないか」



「…………」



 そんな悪い顔をしたつもりはなかったが、例の極悪笑顔になっていたらしい。

 ここは早急に美味しい弁当を食べて顔を戻さねば。



 弁当箱を開けた瞬間広がるチキンとタイムのさわやかな香りが、綺麗になった地下牢に充満した。

 俺が来る前の臭い地下牢であれば、決してこの香りも堪能できなかっただろう。



 当然囚人達の鈴なり再び。

 分けてほしい、ひと口だけでも、そんな声に弁当の中身が見えないよう、囚人達に背を向けて二箱分を一人で完食した。

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