271.
峻耀が疲れて眠そうにしだしたところで、散策は終わりになった。
今は将軍に抱っこされながらも、目を擦って何とか寝落ちを回避しているところだ。
むしろ、よく通る大きな声の将軍が話し続けているのに、まだ眠そうにしている峻耀が凄いと思ってしまう。
もしかして耐性があるのか?
「エルドラシア王国には若い頃に何度も行ったぞ! 同じ大陸とは思えないくらいに暑くてなぁ。だが、甘味は帝国よりもたくさんあって、よく土産に買って帰ったものだ」
屋敷に戻る道中、こちらの情報を得ようとしているのか、将軍は自らの過去を話し始めた。
歴戦の武将の話は聞いていて面白い。
「確かに。俺も帰る時は砂糖を買い足しておきたいところだ。エルドラシア王国特有のお菓子もな」
「ジュスタン殿は国に妻と子を置いてきているのか?」
「ぶはっ」
将軍の言葉に噴き出したのは、俺ではなくシモン。
俺は後ろを歩くシモンをジロリと睨んだ。
「国に婚約者はいるが、結婚はまだしていないんだ。もちろん子供もいない。後ろのシモンもな」
「ほぅ、二十歳は超えているように見えるが、ラフィオス王国は結婚するのが遅いのか?」
将軍は不思議そうに首を傾げて目を瞬かせた。
「遅い……とは思わないが。黄鱗帝国では何歳で結婚するのが普通なんだ?」
「儂は平民出身で、家同士のしがらみがない分、少し遅めの十九の時だったか。女は十五歳には結婚している事が多いな」
「十五!? まだ半分子供じゃないか!」
「ははは! これは国ごとの感性の違いというやつだな!」
驚く俺を見て将軍は笑い飛ばした。
確かに、日本も平安時代の貴族は十二、三歳で結婚する事も珍しくなかったようだから、なくはないのか。
お互い腹の探り合いを兼ねた雑談をしながら屋敷に戻ると、真っ先に烈陽が走って現れた。
「劉将軍! お久しぶりです! こちらに来られるとは知りませんでした。おっしゃってくだされば、宴の準備もしましたのに!」
「そなたならそう言うと思って言わなんだのよ! まったく、将軍を東宮より丁寧に扱う馬鹿は烈陽くらいだぞ」
実際、これまでの誰よりも劉将軍に対して丁寧な態度の烈陽に驚いている。
あれか、武将としての将軍に憧れているパターンか。
烈陽は峻耀の抱っこを交代すると申し出たが、断られて案内を買って出た。
当の峻耀は、結局抱っこされたまま眠ってしまったので、このままお昼寝タイムだろう。
どうしようかと思っていたら、下働きの男が烈陽から遅れて門から入って来た雪瑤に報告をする。
「あの、龍門商旅団の風という男が大量のロック鳥の肉を持って来たのですが……。護衛をしている客人が調理するはずだと」
下働きの男は、俺達の方をチラチラ見ながらそう言った。
「間違っていないぞ。東宮と将軍が楽しみにしているから、作り方の手本を見せるから、料理人達にも同じ物を一緒に作ってほしいんだ」
「かっらあげっ! かっらあげっ!」
「あはははは!」
夕食にロック鳥の唐揚げが出る事が確定すると、シモンはジェスを肩車して喜び始めた。
とりあえずジェスが喜んでいるからよしとしよう。
下働きの男は戸惑いながらも頷き、厨房へと案内してくれた。
厨房に入ると、まだ夕食には時間があるというのに怒声が飛び交い、明らかによそ者の俺を排除しようという空気だ。
そりゃあ、料理人達からしたら、皇族の、それも東宮の口に入る料理を作る神聖な自分達の職場に、料理人でもない護衛が料理を作りに来るとなったら気分はよくないだろう。
「邪魔するぞ! 東宮の命により俺の母国で人気の料理を作りに来た! 見本の分を作るので、俺がいなくても作れるように覚えてくれ!」
俺も将軍に負けないくらい声が通る。
少し声を張れば、料理人達の怒声の中でも十分に聞こえるはずだ。
実際、東宮の命、という言葉と同時に料理人達の動きも声もピタリと止まった。
俺の事が気に入らなくても、東宮の命令に逆らう事はできないからな。
「俺が使っていい調理台と、調理道具は? あと届けられたロック鳥のもも肉を一枚くれ」
そう言うと、料理長らしき恰幅のいい男が、道具と調味料が一揃い準備してある台を親指で差した。
俺は自前のエプロンを身に着け、調理台の前に立つ。
ロック鳥のもも肉は、麻袋の中から出された物を渡され、とても衛生的とは言えない。
「ありがとう。『清浄』。それじゃあ始めるぞ。まずは肉をひと口大より少し大きめに切っていく」
幸い道具の手入れはしっかりされているらしく、俺の手にも少し大きいと感じる、いわゆる中華包丁で肉を切っていると、妙にざわついている事に気付いた。
「龍力……?」
「まさか……」
「何者なんだ」
そういえば、調理を優先するあまり、魔力持ちが少ない事を忘れていた。
黒ずんでいたまな板まで綺麗になってしまったから、呪文を聞いた事のない者でも気付いたようだ。
だが、バレてしまったのなら隠す必要もないだろう。
酒と醤、すり下ろした生姜とニンニクを加えて漬け込む。
ロック鳥は鶏の数倍の大きさのため、一枚で鶏もも肉六枚分くらいありそうだ。
半分は塩唐揚げにすべく、醤油の代わりに塩胡椒と砂糖を少し。
衣は片栗粉と米粉を使ってザクザク食感にしたいところだが、時間が経っても美味しく食べられるように小麦粉と片栗粉を半々だな。
漬け込んでいる間に、使った物の片付けと、衣と油を準備する。
黄鱗帝国では炒め物は多かったが、こういう揚げ物はまだ食べていない。
菜箸を突っ込み、箸に泡が纏わりついてきたところで衣を付けて油に肉を投入した。
ジュワァァァという音と、段々唐揚げのいい匂いが厨房に充満する。
「これは……! 食べなくてもわかる、絶対美味い!!」
料理長の言葉に、複数の生唾を飲み込む音が聞こえた。
おかしい……、まだ都に到着しない……。




