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「今は諸事情で国を離れているが、国には家族も婚約者もいる身なんだ。それに国王陛下に忠誠を誓っているから、その誘いには頷けない」
「うむ、見事! 忠義者であるな! 余計にそなたが欲しくなった」
これで少なくとも子供に家臣を与えられるくらいの家柄だという事はわかった。
でもまぁ、たとえ宰相の息子であっても、俺が敬語を使う必要はない。
「それで、若様はどうして誘拐されていたんだ? 護衛をまいて遊んでいたとか?」
「ぬ……、よくわかったな。せっかく都を離れて遊びに来ておるのに、ずっとこ奴らと共にいては都にいる時と変わらぬであろう? 明日には帰るのだから、少しくらい冒険したかったのだ」
なるほど、それでまんまと敵対する家にでも狙われたのか。
「その若様の行動で彼らの首が飛んだかもしれないとわかってやったのなら、しっかりと謝るべきだと思うが?」
「ジュスタン殿! それ以上は!」
お説教に突入したところで烈陽から待ったがかかった。
他の護衛達も暗がりでわかるくらいに顔面蒼白になっている。
もしかして若様の父親がモンスターペアレントで、息子に激甘な理不尽野郎だったりするのか?
「烈陽、子供の時にしっかりとやっていい事と悪い事を教えないと、大人になった時に嫌われるのは若様だぞ。たとえ嫌われてでも正しい事を教えるのが側近の役目じゃないのか?」
「ジュスタンよ、我は父上以外には謝らなくていいと少師に習ったぞ」
若様はキョトンとして瞬きを繰り返した。
しょうし? 教師の事か?
父親のご機嫌取りのためにバカな事を教えている奴なのだろう。
「若様、自分を甘やかすような事を言う者だけを周りに置くのは楽かもしれないが、『忠言耳に逆らう』という言葉がある。少々鬱陶しいと思う事を言ってくれる者の方が、大人になった時にありがたい存在だったと気付くものだぞ」
「ははっ、確かに! 団長が口うるさくなった時に、母ちゃんかよって言ってたヤツらがいたけどさぁ、結果的に第三の評判よくなったもんな!」
後ろを歩いていたシモンが口を挟んだ。
ほぅ、そんな事を言っていたのか。ラフィオス王国に帰ったらしっかり指導してやらないとな。
「……誰が言っていたのか後で聞かせてもらおうか」
「えっ、あっ、いやぁ。誰だったかなぁ~、みんなが集まってた時だったから覚えてねぇなぁ~」
あからさまに目を逸らすシモン。
「ふふっ、クスクス。そなたらは仲がよいのだな。では我も雪瑤に感謝せねばならぬやも……」
「真っ先に顔が思い浮かんだのなら、それが正解だろう。ひとつ大人に近づいたな」
向かい合うように抱き上げていたから、後頭部を撫でた。
てっぺんでお団子頭にしているから普通に撫でられないからな。
顔は見えないが、照れたのか俺の首に回している腕に力がギュッと入った。
「やはりそなたが欲しい」
周りに聞こえないくらいの小さな声。
どうやら甘言を吐く者はいても、本当の意味で甘やかしてくれる者がいないのかもしれない。
頷いてやる事はできないので、なぐさめるように背中をトントンと叩いていると寝息が聞こえ始めた。
緊張から解放されて、気が抜けたのだろう。
辺りが真っ暗になった頃に塀に囲まれた大きな屋敷に到着した。
烈陽が開門と声をかけると、門が開かれる。
同時に十二、三歳くらいの少女が泣きそうな顔で飛び出して来て、俺に抱かれたままの若様に駆け寄る。
「東宮様! ご無事ですか!?」
「もしかして君が雪瑤か? 若様に怪我はないから安心してくれ。今は眠っているだけだ」
「よかった……! 確かに私が雪瑤ですが……あの、あなたは?」
「通りすがりに若様を助けてな。それで招かれたんだ」
そう答えた瞬間、雪瑤の顔つきが変わった。
自作自演で助けたのではないか、そう言いたげな目だ。
だがすぐに表情を消した。
「東宮様をお助けいただきありがとうございました。誰か! 東宮様をお部屋にお連れしてちょうだい」
「はい! ではわたくしめが……」
下働き風の男が受け取ろうと手を出したので、脇に手を入れ引き渡そうとしたが、首に回された手がガッチリと俺に掴まったまま離れそうにない。
雪瑤も目を瞬かせている。
「仕方ない、俺がこのまま連れて行こう。その前に……俺の記憶が間違っていなければ、東宮というのは皇太子と同じ意味だったと思うのだが……」
「そうです。その方はこの黄鱗帝国の未来の皇帝、黄峻耀様です」
「ええっ!? 若様って皇太子なのか!?」
「そうです。ですから丁重に扱ってください」
驚きの声を上げるシモンに、すまし顔のまま答えた。
だが、そのすまし顔がドヤ顔に見えるのは気のせいか?
「先日まで王太子や元王太子と一緒にいたから、扱いは慣れている」
シレッとそう言うと、雪瑤は何を言っているんだとばかりに眉を動かした。
「そういえばそうだな! エルネスト様やフェリクス王太子と一緒だったもんな!」
「まさか……、フェリクス王太子というのはエルドラシア王国の……?」
何も考えていないであろうシモンの発言に、その場にいた峻耀の家臣達に動揺が走った。




