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「チッ、気絶していやがる。シモン! 起きろ! 『水球』」
枝だけで直径一メートルはありそうな巨木の上、ジュスタンはさっきまで小脇に抱えていたシモンの胸倉を掴んで幹に押し付けるようにしながら顔に水を浴びせた。
「わぶっ!? あ、団長! オレ達ジェスから落ちて……」
「身体強化を使ってなんとかここに着地したところだ」
「って事は団長がオレを助けてくれたのか!? ありがとう団長!」
「ふん、貴様がいなくなると俺の記憶にない者しか残らんからな」
あ、これは俺もわかった。
前にシモンに指摘された『怒った時だけ貴様って言う』は、照れた時にも適用されるのか。
顔は全然照れてないけど。
その証拠に、シモンの顔は少しにやけている。
「何だ! その気持ち悪い顔をやめろ!」
「オレの顔は元からこんな顔だからさ~」
「貴様……っ、ここから落ちたいのか!」
「あっ、やめてっ、さすがにここから落ちたら死ぬって!」
ジュスタンはシモンの首根っこを掴んで枝の外へと押し出そうとしていた。
とりあえずは大丈夫そうだけど、二人がいる場所は崖の上にある木の上、しかも地面まで十メートル近くありそうだ。
この高さだと、身体強化を使っても着地で骨折くらいするだろうな。
『ジェス、ジャンヌ、ジュスタンとシモンは崖の上にある木の上にいる。自分達では降りられない高さだけど、怪我はしていないみたいだ』
『よかった~! お父さんに教えてもらった治癒魔法で翼を治したら、探して迎えに行くね』
『ああ、頼む』
ジャンヌからの返事がないのは、今も崖の下から破壊音が聞こえてくる魔法合戦のせいだろう。
逆に言えば、念話する余裕もないほど激しいという事だ。
事実、今も山の形が変わるのではというくらい……いや、もう変わってるな。
ドラゴンとエルフってどっちが強いんだろう。
萌の話を聞いている限り、古竜とハイエルフが同等な感じだったから、普通のドラゴンとエルフが同等くらいか?
だったらジャンヌが負けるという可能性もあるのか!?
今更ながら心配になってきた。
そんな事を考えていたら、流れ魔法が俺達のいる木の上部を吹っ飛ばした。
爆発系の魔法だったのか、状況を理解する前に身体が引っ張られる。
つまりはジュスタンの身体が吹っ飛ばされて、これまでいた木の枝から離れているせいだ。
引っ張られるまま下を見ると、かろうじてシモンの服を掴んでいるジュスタン達が百メートル以上ありそうな崖の下へと落ちて行くところだった。
『うわぁぁ! ジュスタンとシモンが崖の下に落ちてる!! 死ぬぅ!!』
思わず念話で悲鳴を上げてしまう。
「ひぎゃあぁぁぁぁ!!」
シモンの汚い悲鳴が耳に届くと同時に、何かに引っ張られる感覚がした。
次の瞬間には見慣れた色が視界を覆う。
『よかった~、間に合った~!』
颯爽と現れたのは、ジェスだった。さっき自分で治癒魔法を使うと言っていたから翼を治したんだな。
「ジェスぅぅぅ!! お前は最高のドラゴンだぜ! ありがとなぁぁ!!」
シモンはしがみついているジェスの背中に何度もキスをしている。
「気持ちはわかるがちゃんと掴まれ。次に落ちても助けんぞ」
そう言って気付いた。
俺に戻っていると。
もの凄く気持ち悪い。さっきまで別々の思考をしていたのが、一気にひとつに纏まるような感覚で、前世を想い出した時とはまた違う。
『ジェス、ジャンヌ、どうやら元に戻ったようだ』
『本当!? ジュスタン元に戻ったの!? よかった~!』
『それは重畳! 先ほど蘭が部分的に結界を壊して逃げてしもうてな。少々焦っておったところよ』
ジャンヌの念話は心底安堵の色が見えた。
萌に調べてもらっているとはいえ、戻るために一番の近道の手段を逃がしたようなものだからな。
それにしても、どうして元に戻ったのだろうか。
「あれ? 団長、もしかして記憶を思い出してねぇ?」
「なぜそう思う」
「顔つき? 何か、タレーラン辺境伯領以降の顔になってる気がしてよ」
シモンがそんな違いに気付くなんて意外だ。
「よくわかったな。正解だ」
「ヒッ!?」
ニヤリと笑うと、シモンが恐ろしいモノを見たかのように短い悲鳴を上げた。
なぜだ。顔つきが戻ったというからには、少しは元の悪人顔より優しい顔つきになったんじゃないのか。
「とにかく、世界樹の所へ戻るぞ。ジェス、頼む」
『わかった!』
『では妾も結界を修復してから、世界樹へ向かうとしよう』
ジャンヌと合流したら、エルフの里を出る相談をしよう。
今回の悪役は誰だったんだ。あの夢で見た俺の中身は蘭だったとして、俺は誰を助けたのか。
もしかして本来身体を乗っ取られていた藍かもしれない。
それとも利用されていた蕉が口封じに殺されていたという可能性もある。
ジェスが世界樹の近くに降り立つと、里のエルフ達がジェスを指差して騒いでいるのが見えた。
そして上からでは枝葉で見えなかったが、すでに萌が世界樹から戻って手を振っている。
「戻ったか! ジュスタンが元に戻る方法がわかったぞ! 術者に解除させるか、命の危機を感じると、身体が本能的に生命力を補完しようと魂を引っ張るらしいのじゃ!」
もの凄くドヤ顔でまくし立てる萌。
「ああ、さっき死にそうになって元に戻ったんだ」
そう答えた時の萌の瞳は、邪神を思わせる虚無を湛えていた。




