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24.

 俺の発言にエルネストの取り巻き……、いや、側近の三人が目を丸くして驚いている。

 エルネストは正論に対して言い返せないせいか、ギリギリと音が聞こえそうなくらい奥歯を噛み締めて悔しそうだ。



 普段は結構冷静なエルネストだが、俺に対してはあからさまに感情をむき出しにして対応する。

 これは顔を合わせるたびに喧嘩を売ってきたせいだろう、俺に対して王族として取り繕う事をしなくなったのだ。



「ならば……聞こう、何をしていた?」



 エルネストは俺を睨みつけているが、俺はメイドの赤くなった手首を見ていた。

 その痛々しい手をそっと取り、チラリとエルネストを見る。

 どうやらエルネストは俺を睨む事に忙しく、メイドの手首が赤くなっていた事に今気付いたようだ。



「先ほど熱いお茶で火傷をしたようだったので治療していただけですよ、このように……『治癒(ヒール)』。今日は二度も治癒魔法を受けたから疲れただろう、上の者に言って休ませてもらうといい。下がらせていいですよね? 王太子」



「……ああ」



「ありがとうございます。では失礼いたします」



 メイドは戸惑いながらも俺にお礼を言って下がった。

 さぁて、この状況にエルネストはどんなリアクションをしてくれるのか、楽しみで仕方ない。



「という事ですが、何か私に用件がおありで?」



「どういうつもりだ」



 にっこりと微笑みかけてやったのに、俺に対する態度悪過ぎない?



「どういうつもり……とは? まるで私が善行をするのをよしとしない、と言わんばかりですね。これまでの行動が褒められたものじゃないというのは自覚していますが、濡れ衣は勘弁してください」



「く……っ」



 キッパリと言うと、わかりやすく拳をきつく握って怒りをこらえている。

 これまでは俺が余計な事をして、それを(とが)めたエルネストが賞賛を浴びるというお約束の展開が多かったもんな。



 あっ、コレはアレだ!

 敵キャラクターのいない特撮ヒーロー!

 悪役がいてこそ輝くから、悪役がいないとただの……な?



 王立学院に通ってた頃なら、成績でわかりやすくいいところを見せられたかもしれないが、大人になって公務をしだしたら仕事するのは当たり前だし、賞賛されるような大きな手柄なんてそうそう立てられない。

 しかし俺がいたことで婚約者を悪役である俺から守るという、わかりやすい正義があった、と。



 ヤバい、このまま行くとエルネストは婚約者がいながら聖女と二股かける浮気野郎になる、そんなの面白過ぎるだろ。

 いや、ディアーヌ嬢からしたらたまらないだろうけど、小説通りなら聖女に惚れるわけだし。



「まだ何か?」



「貴様が何を企んでいるのか知らないが、見ているからな!」



 いつもと違う展開に戸惑う側近を連れてエルネストが立ち去ると、すぐにサロン担当のメイド長が現れた。



「ヴァンディエール騎士団長、先ほどはありがとうございました。お茶が冷めてしまったようなので交換いたしますね」



「ああ、頼む」



 メイド長は手際よくカップとソーサーを片付け、新しいお茶をテーブルに置いて下がった。

 二人きりになった途端に、オレールがニヤニヤしながらテーブルに身を乗り出す。



「やりましたね、団長。あの王太子を返り討ちにするなんて。いつも第三騎士団の事を見下してるのが言葉の端々から伝わってきてたから、スッとしましたよ! これは宿舎に戻ったらみんなに教えてやらないと、ふふふ」



「確かに第一や第二に比べたら、あからさまに俺達を差別してるからな。第三騎士団がこれから品行方正になったとしたら、泥を被せる相手がいなくなって自滅してくれるかもしれんぞ。そうなったらそうなったで面白いな」



「最近の団長は変わったと思っていましたが、そういうところは変わってないですね。嫌いじゃないですよ」



 あれ? もしかして俺って前世から悪役な性格だったのか?

 いやいや、弟達にお兄ちゃんお兄ちゃんって慕われていたんだから、そんなはずない……ないよな?



 暇だから身体を動かしたいところだったが、晩餐の時に汗臭い状態で参加するわけにもいかないからと、今後の計画を話しながら時間を潰した。

 二時間ほど待っただろうか、迎えの若い侍従が来て食堂へと案内される。



 食堂の近くまで来ると、前方に侍女に先導されてディアーヌ嬢が歩いているのが見えた。

 いつもならエルネストにエスコートされているはずなのに、珍しく一人だ。



 歩幅的に俺達が追いつくと、ある事に気付く。

 俺はおもむろに上着を脱いで、ディアーヌ嬢の肩にかけた。



「きゃっ、いったい何を……!? ヒッ! ヴァンディエール騎士団長……!」



 急に上着をかけられ驚いて振り向き、相手が俺だとわかると小さく悲鳴を上げた。

 これまでの所業を考えると仕方ないんだけどさ。



「何をなさいます!?」



 お付きの侍女がディアーヌ嬢を庇ように、俺との間に手を広げて立ち塞がった。

 騒いで恥ずかしい思いをするのはあんたらだぞ、と内心呆れながら侍女の耳元に口を近付ける。



「ディアーヌ嬢の後ろ(・・)が血で汚れていたぞ。俺の上着で見えないから、部屋に戻って着替えさせてやれ。上着は洗わずそのまま返していいぞ、第三騎士団の洗濯係は血の汚れを落とすのが得意だしな」



 ヒソヒソと囁き、侍女の肩をポンポンと叩いた。

 一瞬の間を置いて理解した侍女は、俺に向かって深々と頭を下げる。



「申し訳ありません! ありがとうございます! さ、ディアーヌ様、こちらへ……!」



 距離的に俺の囁きが聞こえていたらしいディアーヌ嬢は、顔を真っ赤にさせて侍女に連れられて行った。

 近付いた時に血の匂いがしたから、もしかしてと思ったら予想が当たったようだ。



「女性は毎月大変だな」



「私としては団長のその気遣いに驚いてます」



「あの……?」



 俺より年上のオレールはわかったようだが、年若い侍従は何があったか理解できていないようだ。

 王立学院を卒業する頃に閨の手ほどきはあっても、女性の身体のしくみまで勉強しないからな。



「気にするな、行こう」



 貸したはいいが、上着がない事を何と言い訳しようと考えながら食堂へと向かった。

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