23.
謁見の間を退出した俺とオレールは、王城内にあるサロンに向かった。
サロン自体はいくつかあるが、俺達が向かっているのは王城で働く貴族のための休憩室扱いになっている。
晩餐に呼ばれたという事は、そこで褒美について話を煮詰めるつもりだろう。
王族と晩餐という事で、謁見の間よりもガチガチになって胃を押さえているオレールの背中を叩いた。
「今から緊張してどうするんだ、そりゃあ王族と食事なんて初めてだろうから胃が痛いだろうけどな。きっと味もわからないかも……あ、だが今回に限ってはその方がいいかもしれん。これまでの宿舎の味よりはいいだろうが、もっと上を知ってしまった今となってはな」
ニヤリと笑って見せると、苦笑いだがやっとオレールが笑顔を見せた。
「確かにあいつらが今夜食べる食事の方が美味しいでしょうね、もうハーブを使った料理の虜ですよ。それにしても、知識もそうですが団長が料理を作れるなんてずっと知りませんでした。野営の時の手際のよさ、料理人と比べて遜色ないくらいでしたけど、いつ練習したんですか?」
「練習なんてしてないぞ、やったらできただけだ」
実際今世では初めての調理だったしな。
作ってて思ったが、俺って結構料理好きなんだって気付かされた。
前世では仕方なくやってたつもりでも、みんなが食べて喜んでる姿を見ると嬉しくなる。
話しながら歩いていると、サロンに到着した。
サロンにはいくつかのテーブル席があり、サロン専属のメイドが来客にお茶や軽食を振舞う仕様だ。
まだ謁見の間が解散してないせいか、利用者が誰もいなかった。
窓際の陽射しの暖かそうな席に座り、お茶を頼む。
悪名高い第三騎士団のツートップが揃ってるとあって、お茶を持って来たメイドの手が震えていた。
カチャカチャカチャカチャ。
見ている方がドキドキするくらいお茶も波打っている。
「あっ」
そしてメイドの小さな悲鳴と共に、お約束のようにソーサーからカップが離れていくのがスローモーションのように見えた。
「おっと」
ちなみにそれは俺の身体能力と動体視力の賜物なので、とっさにカップを受け取りテーブルに置く。
カップは熱かったが、正装の手袋もしているおかげで我慢できなくもない。
メイドは可哀想なくらい真っ青な顔で、ソーサー片手に震えていた。
「大丈夫か? お茶で火傷はしてないか?」
「あ、あ、も、申し訳ありません……!」
恐怖で俺の言葉が聞こえていないようだ、これまでの俺ならお詫びに一晩付き合えとか言ってたもんな。
よく見るとソーサーの上には少しお茶が零れており、メイドの親指が赤くなっていた。
どうやら零したお茶の熱さでびっくりしてミスしたらしい。
「火傷してるじゃないか、『水球』。ほら、手を貸せ」
立ち上がるとソーサーを奪い取り、魔法で出した掌サイズの水球に親指を突っ込む。
今は大丈夫だと思っても、火傷って後になってから酷くなったりするからすぐに冷やさないと。
「あ……、ありがとうございます……」
「せっかく綺麗な手をしているのに、水膨れになったら困るだろう? 治癒魔法は使えるか?」
王城で働いている者は下働き以外基本的に貴族だ、高確率で何かしらの魔法が使える。
「いえ……、魔法は不得手でして……」
俺を怖がっているのか、魔法が使えない事を恥じているのか、俯いてしまった。
この程度なら俺の治癒魔法でもなんとか治るかもしれない、お詫びにかけておこう。
「完治できるかわからないが……『治癒』。まだ痛むようなら、ちゃんと救護室へ行くんだぞ」
「は、はいっ、ありがとうございます!」
「何をしている!!」
メイドがお礼を言い終わるかどうかという時に、静かなサロンに怒鳴り込んで来た人物が。
謁見の間での会議が終わったのか抜け出したのか、王太子のエルネストが俺を睨みつけていた。
ズカズカと近付いて来たと思ったら、俺が掴んでいたメイドの手を奪い取るように引き離した。
ああそうか、俺が無理やりメイドを口説いていると思ったのかもしれない。
「あ、あの、王太子……」
「心配しなくていい、私が来たからにはもう大丈夫だ」
説明しようとしたメイドの言葉を遮って、思い切り正義の味方面をするエルネスト。
あまりにもわかりやすい空回りっぷりに、思わず笑ってしまいそうになるのをグッとこらえる。
「何がおかしいっ!?」
おっと、どうやらこらえきれてなかったようだ。
「いえ、人の話をきちんと聞かない為政者に未来はない……と思ったまでです。思い込み、独りよがり、都合の悪い話を聞かない、これらの条件を満たす王は独裁者と呼ばれるのですよ? 状況判断は確認が大切です、思い込みで行動すると取り返しのつかない事になりますからね」
「なんだと!?」
そういえば俺って小説の主人公があんまり好きじゃなかったな。
小説自体は面白かったけど、主人公が自信満々過ぎて時々鼻につくところがあったせいか、ちょっと意地悪を言ってしまった。
もしかしたらこれまでの俺がエルネストを嫌いだったから、そのせいもあるかもしれない。
「私が何をしていたというのです?」
「この者に乱暴を働こうとしていたのであろう!」
「…………それは王太子の方では?」
明らかに強く握られている手首は痛そうだ。
実際メイドは涙目になっている。
「あ……っ、すまない、強く握り過ぎた。しかし、この男に言い寄られていたのだろう?」
「そういうところですよ、その聞き方だとそう言えと命令しているも同然です。そうやって何人に自分の意見を強要してきたのやら」
「そんな事はしていない!」
なぜだろう、これまでの俺がエルネストが嫌いだったのはわかるが、嫌味が止まらない。
オレールも俺とエルネストのやり取りを聞いて、エルネストから見えないようにこっそり笑っている。
「状況を正しく判断したいのならば、何があったのか、と聞くのが正しいかと。違いますか?」
正論でエルネストをやり込められる日が来るなんて、そう言ってこれまでの俺が腹を抱えて笑っている気がした。