218.
「おはよう。ふふふ、やはりにぎやかな食卓は嬉しいのぅ。早う座るがよい」
俺達が食堂に入ると、すでに萌が席に着いていた。
各々挨拶をしながら、昨日座っていた席に着く。
「おはよう。俺達が来る前は一人だったのか? それとも茅と一緒に食べていたとか? そうなら一緒に食べてもらって構わないからな」
「いや、それは頑なに辞退しよる。わらわとしては一緒に食べてくれた方が嬉しいんじゃがのぅ」
という事は萌は数百年……下手すると数千年一人で食事をしていたのか?
生まれた時から長だったわけではないだろうが、それはさぞかし寂しい食卓だっただろう。
「ん? だが蓮達は一緒に食べていただろう? 一緒に食べればいいじゃないか」
「それがそうもいかんのじゃ。昨日はそなたらを警戒しておったゆえ同席していたが、普段白狼の者はわらわに近付かん。長老派と言われる者達がよい顔をせぬしな。保守的な者らにとっては、白狼をわらわに近付けたくないのじゃろう」
「それにしてはよそ者の俺達がここにいるのに、全然妨害しに来ないな?」
普通ならすぐにでも引き剥がそうとしそうなものだが。
首を傾げていると、萌はフン、と鼻で笑った。
「長老派と呼ばれる者達は曲りなりにも長く生きておるからのぅ。ジャンヌとジェスがドラゴンであるとわかっておるのじゃろう。わらわの警護は長老達がおったとて、ドラゴンが暴れればなすすべもないと思っておるじゃろうし」
「ん? という事は、俺達の事は観察しているのか?」
「主殿。この家の中にも隠蔽魔法を使って入り込んでおる者が数人……ほれ、そこにも」
ジャンヌが指差した方を集中して見ると、ちゃんと老齢の姿をした男性エルフがいた。
隠蔽魔法を見破られてあたふたしている。
そんな老齢エルフを無視して茅と手伝いらしきエルフ達は着々と朝食の準備をすませて部屋の隅に立つ。有能だな。
「なんじゃ、萩ではないか。これから朝食じゃから、話なら後にせい。客人を観察しに来たのなら大人しくその辺に座っておれ。もう少しすれば黒狼の連中も来るじゃろう。では我々はいただこうかの」
萩と呼ばれたエルフは、二十畳ほどの食堂の片隅にある予備の椅子に腰を下ろした。
いただきますの言葉で一斉に食べ始める。
今朝はうどんと漬物と玉子焼き、朝にうどんを食べるのは初めてかもしれない。
「うん、出汁がきいてて美味い。これも茅が?」
「茅は料理上手じゃからの。わらわは幸せ者じゃ」
褒められた茅は嬉しそうに微笑んだ。
普段無表情だが、こういう顔を見ると造形美が見事だな。
シモンも初めて王城のシャンデリアを見た時のように、口を開けて見入っている。
「団長やジャンヌも綺麗な顔してるけどさぁ。エルフは整った顔って感じだな。笑うともっと美人に見えるぜ」
シモンが茅を笑顔で褒めたが、茅の表情は無に戻った。
「私に世辞は必要ありません」
「世辞ぃ? そんなもん言ってねぇよ。思った事言っただけだって」
ん? 興味のないシモンに褒められても嬉しくない、という理由ではなく、まるで自分の容姿が優れていないコンプレックスでも抱えているような言い方をしたな。
だが、同じような顔をしているエルフ達なら、顔の美醜なんて関係ないはず。
シモンが余計な事を言い出す前に、話題を変える事にした。
「シモン、このうどんは時間が経つと伸びて味が落ちるから早く食べろ」
「へ~い」
ちなみにシモンはうどんをフォークで一本ずつ刺しながら食べている。
ジェスとジャンヌは箸を使いこなしているが。
萩が睨みつけていたので、少々食べづらかったものの、食事が終わるとジリジリと近付いて来て萌の後ろに立った。
「これから黒狼が来るんだろう? 俺達は部屋に戻っていた方がいいか? 後で話はさせてもらいたいが」
「いや、この山でおぬしらを見かけても、余計な手出しをせぬよう忠告しておいた方がよかろう。どうせこちらが話す事はいつもと変わらぬでの。話はすぐに終わるじゃろう」
そんな話をしていたら、玄関からの戸が開く音が聞こえた。
「長! お邪魔します! 藍達を連れて来ました!」
この声は蓮か。
どうやら黒狼を連れて来たようだ。
食堂に向かって来る足音が聞こえる。この食堂は会議室の役目もしているらしい。
だから普段一人で食べると言っていたのに、俺達が全員座れるだけの椅子が置いてあるのか。
今回の黒幕かと思うと、俺とシモンに緊張が走る。
複数の足音が近づいて来て、食堂に姿を現したのは白狼の三人と、長めの金髪に碧眼の男女、そして色素の薄いエルフとは対照的に、褐色の肌にむっちりとした肉付きに白銀の髪と月のような目をした女。
そして男の方は作り物のように整った顔をしている。
特徴を聞かれたら整っているとしか言いようがないほどに。
しかし、それは無表情の間だけだった。
すぐに性格が現れている歪んだ笑みを浮かべたのだ。
「長、お久しぶりです。こいつらが外界から来たという人族ですか」
俺達を品定めするように、ゆっくりとこちらに視線を巡らせ、最後にフンと鼻で笑った。
恐らくこいつが黒狼のリーダーなのだろう。
隣に座るシモンがテーブルの下で拳を握ったのが見えたが、背中を軽く叩いて落ち着かせる。
「失礼な態度を取るでないぞ。弱っていたこの里の結界を張り直してくれたのはそこなドラゴンの御仁じゃ」
「「「ドラゴン!?」」」
どうやらジェスとジャンヌをドラゴンと見抜けるのは、それなりに年齢を重ねないと無理なようだ。
そういえば蓮達も気付かなかったもんな。
萌の話だと、長老派のエルフ達は気付いているような事言っていたし。
それにしても、黒狼のリーダーは意識高い系の匂いがプンプンする。




