217.
風呂の後は振り分けられた部屋に戻ったが、すでに布団が敷かれていた。
ジェスはジャンヌと同室になったから、今回は俺一人だ。
い草の香りがほんのりと香る。定期的に畳を張り替えているのだろう。
それにしても、他所から来客が来るとは思えないのに、客間や客用布団があるのは意外だな。
誰か泊まりに来たりするのだろうか。
明日来るという黒狼の連中も泊まったりして。
これでフレデリクを殺したと自白したら……いや、それを知ったところで俺が裁くわけにもいかないが。
部屋に置かれていた水差しの水を飲み、考えをまとめようとしていたら、ゴスゴスという不格好なノックの音が聞こえてきた。
『団長、ちょといいか?』
聞こえた声はシモンだった。
「入れ」
そろりと襖を開けて入って来たシモンは、夜着として準備されていた浴衣がだらしなく開いた状態で、見事に着崩れている。
風呂を出た時は蓮に着方を教えてもらって、ちゃんとしていたはずなのに。
俺は置かれていた座布団の上に座っていたが、シモンは俺の隣にそのままドカッと座った。
どうでもいいが、見たくもないパンツが丸見えだぞ。
「明日黒狼って言う派閥のヤツらが来るんだろ? どう対応するか決まってんのかなぁと思ってよ」
「たとえフレデリク殺しの犯人だったとしても、すぐに俺達が何かする事はない。他国の問題でもあるし、俺達に捕縛の権限はないというのもある。ただ、真相がわかったら帰国するついでにでもフェリクス王太子に報告はするつもりだがな」
「な~んだ。じゃあやりあったりしねぇんだな」
「エルフと手合わせがしたいのなら、萌か蓮に言って強い奴と手合わせできるように頼めばいいじゃないか。どうせお前の事だから、それが狙いだろう?」
数百年生きているという事は、それだけ戦い方も熟知しているはずだからな。
しかもこの山にはそれなりの魔物が出る。
シモンならどのくらい強いのか試したくなるだろうと思っていたら、予想通りだ。
「へへっ、さすが団長」
「ふん、お前がわかりやすいだけだ。それより、何だその着崩れ方は」
「へ? ああ、コレか。トイレ行ったら前が開いたまま戻らねぇんだよ」
どうやったらそうなるんだ。
「ほら、一度帯を解いて貸せ。さっき蓮が教えてくれていただろう」
「えぇ~? オレ団長に脱がされちまうの~?」
解いた帯を俺に渡しながら、わざとらしくシナを作るシモン。
肩を出すな肩を。
「わかった。この帯で浴衣じゃなく貴様の首を絞めてほしいという事だな?」
笑顔で端を手に巻き付けた帯をビシッと張ると、シモンはヒッと息を飲んだ。
「じょ、冗談だって。確か下のとこがまっすぐ重なるようにするんだったよな?」
慌てて浴衣を整え始めるシモン。
「裾をまっすぐに揃えるのは正解だが、順番が違うぞ。右側を先に巻き付けるようにな。ほら浴衣は持っててやるから自分で帯を結べ」
「え~っと、普通のリボンみたいに縛って、端っこは挟む……?」
確認するようにシモンが俺を見たので、コクリと頷く。
「まぁ、縛る場所はど真ん中じゃなく、少し横にずらした方がいいとは思うがな」
「へ? そういやさっき蓮が結んだ時も真ん中じゃなかったな。何でだ?」
そういや何で真ん中で結ばないんだろう。
旅館の浴衣で見た事がないから、自然とずらしていたんだが。
ずらす理由……か。
「そうだな……粋だから?」
「粋……?」
「詳しく知りたいなら、明日にでもエルフの誰かに聞いてみるといい」
エルフなら正解を知っているだろう。
「確かにエルフに聞くのが一番か。そんじゃあ、黒狼相手には情報収集だけで、手は出さねぇって事で。手合わせに関しては萌に聞いてみるか。そんじゃ部屋に戻るよ、おやすみ団長」
「……予言しておいてやる。朝起きたら恥ずかしい恰好になっていると思うぞ。それが嫌なら迎賓館で使っていた夜着にしておけ。おやすみ」
恥ずかしい恰好という言葉に首を傾げながら部屋を出て行ったシモンを見送り、一人になってニヤリと笑う。
トイレに行っただけで前がはだけていたシモンなら、きっと朝起きた時は腹に帯しか残っていない状態のはずだ。
ちなみに俺は素直に自分のパジャマを着て寝た。
朝、笑い声で目が覚めた。
隣の部屋のシモンの笑い声だ。
手早く身支度をして、シモンの部屋に向かった。
大きな笑い声は聞こえなくなっていたが、忍び笑いのようなものが部屋の中からまだ聞こえている。
「入るぞシモン。いったい何を笑っているんだ」
襖を開けると、そこには予想した通り、前が帯だけになった状態で布団の上であぐらをかいているシモンがいた。
「あっ、団長! 見てくれよコレ! 団長が言ってた恥ずかしい恰好ってコレの事だろ!? 目ぇ覚まして笑っちまったぜ! ホントに面白れぇ! わはははは!」
「…………」
いや、あのまま寝たら起きた時に驚くだろうなとは思っていたが、ここまで子供みたいな反応をするとは。
ジェス達は風呂上りに浴衣ではなく、自前の魔力でいつもの夜着を形成していたから問題ないだろう。
「きっとお前の笑い声でジェス達も目を覚ましただろうから、さっさと身支度を済ませろ」
それだけ言って部屋に戻り、布団を畳んでいると、茅が朝食の準備ができたと呼びに来たので部屋を出る。
食堂に向かいながら、シモンがジェスに浴衣で寝る事を勧めようとしていたので、両手に拳を作って黙らせた。