213.
「これが米!? 今までわらわ達はこんな美味いものを家畜に与えていたというのか!? 蓮よ! すぐに家畜の餌から米を除外するよう通達するのじゃ! ジュスタン! 今すぐ先ほどの工程を詳しく蕉に教えるのじゃ!」
「長! こんな人族の言う事なんか……」
「やかましい! つべこべ言わずにしっかり書き付けて覚えるのじゃ! おぬしら白狼の望んだ外界の文化じゃぞ!」
萌は手に持っていたおにぎりの最後のひと口を、反論しようとした蕉の口に突っ込んだ。
「あぐっ、……ん? んんんん! ジュスタンと言ったか! さっきの工程を最初から話せ! いや、話してくれ! こっちに執務室からあるから、そこで!」
渋い顔だった蕉が、おにぎりを食べた途端に表情が変わった。
むしろ人が変わったかのように積極的になって、俺の手首を掴んで廊下へと飛び出す。
俺のおにぎり! せめてもうひとつくらい食べたかった!!
和室に文机と座布団が置かれていて、書道教室のような部屋に連行された。俺だけ。
そういえばちゃんとした墨と和紙で書かれた物は千年保存が可能とか聞いた事がある。
長寿だからこそ劣化しにくい物を使っているのだろうか。
そのまま俺は、蕉に求められるまま脱穀後から炊飯までの工程を説明をした。
工程を書き終わった最後に、蕉は書類に名前を書いた。芭蕉の蕉という字を書くんだな。
というか、書いている文字が完全に日本語だ。
萌もそうだが、もしかして全員草冠の付いた名前なのか?
「なぁ、もしかして蓮はこういう字を書くのか?」
紙の上に指を滑らせ、蓮という字を書く。
それを見て蕉は息を飲んだ。
「ッ! そうだが……、どうしてジュスタンがエルフ文字を書けるんだ!?」
「やっぱりか……。俺にはちょっとした秘密があるんだよ。だから米の炊き方も知っているんだ」
どうやら日本語はエルフ文字というらしい。まだ俺の秘密を話すような間柄じゃないからこちらの事は何も言えないが。
食堂に戻った時には全てのおにぎりが消えていたのは、言うまでもないだろう。
少しでも残れば焼きおにぎりくらいなら作れるかもしれないと期待した俺がバカだった……。
「蕉よ、全て書き留めたか?」
俺達が戻って来た事に気付いて、萌が蕉に確認をした。
「もちろんです、ここにしっかりと! 今から下層に行って精米までの作業を指示してきます」
「うむ。ついでに中層で木工職人にもみすり用の道具を作るようにも伝えてくれ」
「はい!」
蕉が食堂を出て行った事で、静かになった室内。
一応ちゃんとした米を食べ、おにぎりもなくなり、俺は本来の目的を思い出した。
「萌、さっき話したが、俺達は犯人と思われる黒狼の者に会いに来たんだ。協力してくれるか?」
そう切り出すと、楽しそうにしていた萌の顔が、真剣なものに変わった。
「そうじゃな、黒狼について詳しく話そうかの。荘よ、おぬしも座るがよい」
「はい」
呼ばれて萌の隣に座った荘の口の端に米粒が付いているのを見ると、どうやら荘もおにぎりを食べたらしい。
「おにぎりは気に入ったようだな。付いているぞ」
チョイチョイと米粒と同じ位置を指で触れて教えると、恥ずかしそうに取って口に入れて席に着いた。
萌達がニヤニヤしているところを見ると、こいつらわかっててわざと教えてやらなかったな?
「こほん。ではまず黒狼ができた辺りから話そうかの。あれは百年ほど前の事じゃ、一人のダークエルフの娘がこの里へやって来たのじゃ。正確には山に迷い込んだところを藍という若者が連れて来たんじゃが。他所の大陸から来たとかで、コーヒーの苗木をいくつか持ち込んで、この里に置いてほしいと乞われたのじゃ」
「へぇ、じゃあエルフにとってコーヒーは最近の物なんだな」
「そうじゃの、当時は今の白狼の者達も、一応エルフであり、他所の文化を知る者と新たな植物が来たと喜んでおった」
「今の白狼?」
妙に引っかかる言い方だな。
「当時は白狼も黒狼もなかったのじゃ。じゃが、蘭というダークエルフを客人として扱う者達と、里のエルフの一員として扱う者達でいつしか派閥が生まれたのじゃ」
「それは……、やっぱりダークエルフとは種族が違うからか?」
「まぁ……、それもあるが……」
「他に何か問題でもあったのか?」
萌が答えにくそうにしていたから、荘に視線を移す。
荘は一瞬目を泳がせてから、萌と茅に申し訳なさそうに視線を向けてから口を開いた。
「蘭という女は天真爛漫で……」
「ああいうのはあざといというのです!」
それまで黙っていた茅がピシャリと言った。
どうやら茅は蘭とやらを気に入らないようだ。恐らく客人として扱う派閥だったのだろう。
「まったく、どうしてあれだけわかりやすいというのに、みんな騙されるんでしょうね! あれは頭がお花畑なフリをしている狡猾な女です!」
茅のお怒りはまだ収まらないようだ。
なるほど、蘭は女子に嫌われる女子、というやつか。
もしかして好きな男が蘭に惚れたとか? それならこの怒りっぷりも納得できる。
「こういう女の勘はバカにできないからな、会う事があったら気を付けよう」
そう言うと、やっと茅は落ち着いたようだ。
ずっとおしとやかだった茅がこんなに激高するのだから、余程気に入らないのだろう。
その時、視界の端で荘の手が動いているのが見えた。胸の辺りで半円を描くように……。
なるほど、ダークエルフはエルフと違って豊満な胸をしているらしい。
俺とシモンは表情を変えずに納得し、心の中だけで大きく頷いた。
お待たせしました!
連載再開でございます。
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