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211.

 水に浸した米の入った炊飯釜は、薪と少しの藁も一緒に魔法鞄(マジックバッグ)に収納して準備万端だ。

 農業体験は面倒なだけだと思っていたが、こうして役に立つのだから人生何があるかわからないな。

 あの時ていねいに教えてくれた農家の皆さんに感謝しないと。



「かまどはここにもあるぞ? なにゆえ海まで行くのじゃ?」



「ここだと標高が高いせいで、お湯を沸かしても温度が麓ほど上がらないからだ」



「ちゃんと沸騰しておるぞ? なぁ、(かや)よ」



 萌は料理を準備していた使用人に問いかけた。



「はい、グツグツと煮ております」



「だからそのグツグツした時の温度がここと麓じゃ違うんだよ。いいから行くぞ!」



 俺はお粥っぽい物じゃなく、普通に炊いた米が食べたいんだ!

 最初は普通に食べて、次は塩おにぎりにして、余裕ができたら炒飯とか炊き込みご飯も食べたい!



「あれだけ主殿が手をかけて、しかも風魔法も使って準備した食べ物なら、かなり魔力の味もしっかり味わえそうではないか? ジェスよ」



「うん、楽しみ!」



 舌なめずりするジャンヌと、ジェスの純粋で期待に満ちた笑顔を見た萌はため息を吐いた。



「はぁ、仕方ないのぅ。海に行くにはこっちじゃ」



 どうやら行き先によって魔法陣の場所が違うようだ。

 ひとつの魔法陣につき、行けるのは一ヶ所なのかもしれない。

 中階層に移動し、一階建ての小さい蔵に入って行く。



「この地下は氷室になっておってな、魚をすぐに保管できるようにしておる。転移魔法陣はここじゃ」



 蔵の中には地下へと続く階段があり、萌は奥にある暖簾を持ち上げ、俺達を促す。

 暖簾をくぐった先の部屋の床には、里まで転移した物とほぼ同じ魔法陣が描かれていた。

 ラフィオス王国の俺の屋敷に、この魔方陣を設置してくれたりしないだろうか。

 行き来しなくていいから、米とか醤油とか味噌とか、物資だけでも送ってほしい。



「蓮達はどうするのじゃ? 来るか? 残るか?」



 直径二メートルほどの魔法陣に俺達四人と萌、使用人の茅、そこに蓮達三人が入ると、ぎゅうぎゅうとまではいかないが、それなりに人口密度は高くなる。

 そのせいか、蓮達が魔法陣の中に入るのをためらっていた。



「まだ会って間もない余所者と一緒に行くのなら、当然俺達も長について行きます!」



「この者らは大丈夫じゃと言うとろうに……。まぁよい、早う魔法陣に入れ」



「「「はい!」」」



 蓮は白狼という派閥の頭らしいが、ちゃんと萌の事は敬っているようだ。

 黒狼は里を出たらしいから、萌の事を敬えない奴らなのかもしれない。

 そんな事を考えている間に、気付けば波の音が聞こえていた。



 浜辺で聞くザザ~ン……というような音ではなく、岸壁に叩きつけられて砕ける波の音だ。

 崖は五メートルほどあり、ここから上陸しようとする者はいないだろう。

 さっき話で聞いた通り、崖のところに網が設置してあったので、あれが漁に使っているものだと思われる。

 他にも到着した魔法陣が設置してある小屋や、恐らく塩を採取するためであろう設備もあった。



「ここのかまどを使わせてもらっていいか?」



「うむ、早うジュスタンの言う、美味しい米を食してみたいのぅ」



 塩を作る時の火の番のためか、一応人が暮らせる造りでよかった。

 最悪、飯盒炊飯のようにするしかないかと……。

 幸い小屋の近くにも木が生えていたから、小枝を拾って薪と組み合わせ、火を点ける準備をする。 



「えーと、はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、ひと握りの藁燃やし、赤子泣いても蓋取るな、だったか……」



「何だそれ?」



 シモンが俺の独り言を聞いていたらしく、首をかしげた。



「米を美味しく炊く時の心得みたいなものだ。よし、そろそろ研いでから三十分は経ったか? 山の上でも寒くはなかったからもういいだろう。最初は弱火で……『着火(イグニッション)』」



 湯気が出て来たら火の粉が飛ぶくらい薪を足して、噴きこぼれたら薪を減らし、蒸気が出なくなったらひと握りの藁を火に放り込み、燃え尽きたところで火を消した。



「おっ、できたのか!?」



 ずっと周りをウロウロしていたシモンが木製の蓋に手を伸ばそうとし、その手を無言のまま手刀で弾き飛ばした。



(いて)ぇ!! 何すんだよ!」



「それはこっちのセリフだ。さっきの言葉を聞いただろう? 赤子泣いても蓋取るな、だ。お腹が空いたと子供が泣いても蓋を開けるなという事だ。十分は蒸らさないとダメだから待て。だが蒸らすだけだから、もう里の方へ戻っても大丈夫だぞ」



「ならば(わらわ)がそれを持って行こう、主殿が持つには熱いのではないか?」



 そう言ってジャンヌはまだ高温の釜をひょいと持ち上げた。



「熱くないのか?」



「ふっ、妾は自身が火を吐くドラゴンであろう? 当然熱耐性は高い。ジェスもな」



「なるほど。ありがとう、助かる」



 里に戻るために声をかけようと小屋を出ると、萌達が駆け寄って来た。



「おお! 出来たのか! さっそく食そうではないか! 待っておる間に魚も獲ったからおかずには困らんぞ」



「おおっと、今はまだ蒸らし中だから開けちゃダメだぜ。手を出したらこうなるからな」



 今にもジャンヌの持つ釜に手を出しそうな萌に、シモンが俺の手刀で赤くなった手を見せる。



「おぬし、なかなかに厳しく躾けられておるのぅ。だが、それも愛情というものじゃ。嫌われようともその者の事を想って厳しくするのは、心が強くなければできぬ事よ」



「あ、やっぱり? なんだかんだ団長はオレ達の世話焼いてくれるもんなぁ。けど、団長は子供以外に素直じゃねぇんだよ。ジェスにするみたいにもっと甘やかしてくれてもいいんだぜ、団ちょ……あっ、待ってくれよ!」



 シモンがドヤ顔語っている間に、親指で萌達を促して里に戻ろうとしたが、途中でシモンに気付かれた。

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