205.
初夏のような気温とはいえ、あまりにも汗をかきすぎだろう。
魔法鞄から木製のコップを取り出し、水球を作り出す。
「『水球』、『凍結』」
魔力を調整して水が凍らないギリギリまで冷やし、一気に飲んだ。
口の端から冷たい水が一筋流れたが、そんな事より今は水分補給を優先すべきだろう。
「ゴクッ……ゴクッ……ぷはぁっ、生き返るな」
流れた水を手の甲で拭い、コップに清浄魔法をかけて片付けた。
冷たい水のおかげで目が覚めたし、もうテントも片付けるか。
外に出て身体を伸ばし、深呼吸をする。山頂は雲の上だが、俺達がいる場所はまだ地上数百メートル程度だろう。
それでも空気は十分に澄んでいて気持ちいい。
エルドラシア王家の森より魔物の出現率も低い気がする。
テントを片付けていると、シモンとジェスが同時に各自のテントから出て来た。
「ジュスタン、シモン、おはよう!」
「おはよ~、腹減った~」
「二人共おはよう。シモン、食事がしたければテントを片付けろ。ジェス達の分もな」
「へ~ぃ……」
「ボクも手伝う!」
騎士団で行動する時も、基本的にテントを片付けてから朝食にするため、素直に行動するシモン。
けど、ジェスはシモンを妙に甘やかしてないか?
もしかしたら、シモンが自分より下と思っているから世話を焼いているのだろうか。
薪にする枝を拾っていたら、ジャンヌも起きて来た。
「おはよう。主殿は夢見でも悪かったようだの、表情が暗いように見えるぞ」
「よく気付いたな。明け方見たのは最悪な夢と言っていいだろう……妙に生々しかったのが余計に……」
ジェスが俺を殺すなんて、実際思い出したくもないくらい嫌な夢だ。
だが、俺が気を付けていれば絶対ありえない未来だからな、そう気にする事もないだろう。
お湯を沸かし、お茶を淹れれば買った物を出して朝食の準備は完了だ。
「妾とジェスは茶を飲んだら辺りを散策しようかの、主殿とシモンはゆっくりと食事するがいい」
「わかった」
シモン達が畳んだテントを魔法鞄に収納し、野菜も挟んであるホットドッグような朝食シモンに手渡す。
「お、これ大通りの屋台で売ってたやつ! 美味そうだったから、食いたかったんだよな~! いっただっきまーす! もぐもぐ……うん、美味い!」
食べていても騒がしい奴だ。王都で美味しそうな店に予約注文して、それなりの数を買って来たからまだあるぞ。
俺が淹れたお茶でも魔力の味がするらしく、ジェスとジャンヌは美味しそうに飲んでいる。
モヤモヤしたものは早くスッキリさせておいた方がいいだろうと思い、口を開く。
「ジェス、もしも俺が悪い奴になって、人を殺したりしたらジェスは俺を殺すか?」
「ゴフッ、団長いきなり何を言い出すんだよ」
シモンが咽たが、聞きたいのはお前の意見じゃない。
ジェスはというと、キョトンとしている。
「ボクがジュスタンを……? あはは、ないよ~! もしもジュスタンが悪い人になっても、ボクはジュスタンの従魔だもん」
あっさりと答えるジェス。
隣でジャンヌも頷いている。
「そうだの。妾とジェスは従魔契約をしている限り、主殿には危害を加えぬ。加えられぬと言った方が正しいか」
「そうなのか?」
「うむ。多少のじゃれ合いはともかく、大きな怪我をするような攻撃はできぬようになっておる」
「となれば……、もしも二人のどちらかが俺を殺しているとしたら、俺の姿をした偽者という事になるのか」
あの夢で殺されていたのは俺じゃなかったのか。
そうなるとジェスが泣いていた理由がわからなくなるが、とりあえず安心していいのだろうか。
安堵で胸を撫で下ろそうとした時、ジャンヌが言葉を続ける。
「従魔契約は魂と魂の契約ゆえ、もしも主殿が死んだ時、その身体に他の魂が入って主殿のフリをしたとしても、妾達は騙されたりはせぬというわけだ」
ちょっと待て、一気に不安になったぞ!?
あの夢の俺が俺じゃなくて、死んだ俺の身体を誰かが乗っ取ったなら、ジェスが泣きながら俺(の身体)を殺すという事があり得るのか!?
だが、まだ幻影魔法か何かで俺に成りすましている奴という事も考えられる。
その場合、ジェスが泣いていた理由がなくなるんだよな。と、なると……。
いやいや、そうならないように気を付けていれば回避できるはず!
ジャンヌも同行しているから、よほどの事がない限り、戦って死ぬような事はないだろう。
「おや、もうシモンは食べ終わってしもうたか。散策は昼食かまた……明日にでもするか、のぅジェス」
「うん! 頂上まで飛んでみるのも面白そう!」
木が生い茂っていなければ、邪神討伐の時みたいにジャンヌとジェスに乗せてもらって捜索するのもありだが、残念ながら麓から見ても山肌が見えないくらい木が多かったから無理だろうな。
食事を済ませた俺達は、ジャンヌを先頭に黒幕探しを再開しながら山を登る。
羽虫がいるのか、ジャンヌは時々手で払いながらも迷いない足取りだ。
そろそろ昼休憩にしようかという頃、ジャンヌが足を止めて木の上を見た。
「来るぞ」
ジャンヌの警戒の言葉と同時に殺気を感じた。
そしてすぐに数本の矢が俺達に降り注いだ。