202.
「地下三階は元々先代魔塔主の師匠専用だったの。今はほとんどあたししか使ってなくて、魔塔主もたまに様子を見に来る程度だったのに……。扱いに注意が必要な研究もあったから、関係ない人が勝手に入れないように扉に魔力登録してないと、扉が開けないようにしてあるんだ」
地下三階にはほぼ人が来ないせいか、二階までの階段に比べて薄暗い階段を駆け下りると、アリアは扉についている魔石に触れる。
ガチャリと鍵が開く音がして、扉を開くとドーム状の傷だらけの広い空間の奥の壁に、ひとつだけ扉があった。
「うおっ、何だここ!?」
「ここは魔物を使った実験をする場所なの。私が怪我したのもここ。だから壁や床が傷だらけでしょ?」
入った途端に驚いているシモンに、アリアが説明しているが、俺はフレデリクが見当たらない事が気になった。
その時奥の扉が開く。
「おや、生きているじゃありませんか。あの実験体は思ったより使えなかったようですね……この手は使いたくありませんでしたが」
そう言ってフレデリクはポーション瓶のような物を取り出し、赤黒い液体を飲み干した。
「あれは……!」
「わかるのか、アリア」
「はい、あれはさっきの人を変化させた、魔素を液体にした物です。まさか自分で飲むなんて……」
フェリクスの問いの答えは、まさかのものだった。
「ふふ……、魔素を早く排出しないと、さっきの実験体のようになってしまいますからね。早々にカタをつけさせてもらいますよ『氷弾』」
フレデリクの呪文で氷の礫が複数空中に出現した。
本来であれば嫌がらせ程度の威力しかない魔法だが、先ほどの液体の事もあり、嫌な予感がして咄嗟に叫ぶ。
「避けろ!」
ドゴゴゴゴゴ!
飛んで来た氷弾の威力は、従来の魔法の数倍どころではなかった。
避けていなかったら身体に風穴が空いていただろう。
「フハハハハ! すごい! やはり予想通りだ! あの老いぼれの実験を完成させた事を感謝するぞ、アリア! 世話をしていると信じて殺してくれた事もな! 『風斬』!」
「あたしが防ぐわ! あんただけは許さないんだから!!」
本来なら草刈りくらいにしか使えない呪文だが、さっきの氷弾と同じく威力が跳ね上がっていると音でわかる。
アリアは身に着けていた魔導具を発動させた。
どうやらシールドの魔導具だったらしく、俺達の前で衝撃音と共に風が吹き荒れ、蓄積されていた細かい砂と埃が舞う。
攻防が続き、段々とフレデリクがイラついてきたのがわかった。
「おのれ……! ちょこまかと! これで決着をつけてやろう……」
フレデリクはもう一本のポーション瓶を取り出し、飲み下す。
その途端、明らかに見た目に変化が起き始めた。
皮膚がボコボコとうごめき、身体も明らかに肥大している。
「薬のせいで理性と判断力が低下しているわ! あれを二本も飲んだら……」
「ぐおぉぉぉぉ! 力が溢れてくるぞ! ぐぅぅっ」
いきなり八本の触手がフレデリクの背中から生えた。しかも体の肥大化が止まってない。
完全に人間を辞めた見た目になったフレデリクは、触手に魔力を纏わせ振り回して向かって来た。
「ぐわぁっ」
「うっ」
近衛部隊は身体強化を使っているにもかかわらず、吹っ飛ばされている。
さっきのダメージも完全には回復していないのだろう。
骨が折れる音もしたし、動けなくはなっているが、幸い命に別状はないようだ。
こちらも剣を使って直撃は免れているものの、ガスパールとマリウスが吹っ飛ばされた。
マリウスはともかく、戦闘能力の高いガスパールまでやられるくらいのスピードと威力があるのはかなりの脅威だ。
もうアリアの魔導具も魔力が尽きたのか、シモンが壁際まで退避させている。
身体強化を使っても触手の数が多くて、ジリ貧状態へと追い込まれてしまう。
「団長! このままじゃこっちが消耗しちゃうよ! 触手が硬過ぎて斬れない!」
「アルノー、アレの使用を許可する! シモンはアリアを守っておけ! デジレもフェリクスを守って下がれ!」
「私も戦う!」
庇うデジレを振り切るように、前に出て来るフェリクス。
「バカッ! 頭を下げろ!」
迫る触手に気付いておらず、咄嗟にフェリクスの頭を抱きかかえるようにして飛びついた。
一緒になって倒れ込んだものの、何とか触手は回避し、剣に魔力を纏わせて振るうと、床に切断された触手の先端が落ちる。
邪神討伐の途中からも感じたが、俺の魔力が不足すると、ジェスとジャンヌの魔力が補充される感覚がするのだ。
これならやれる!
「デジレ! フェリクス様を頼んだ!」
「ああ! フェリクス様、こちらに!」
「アルノー、準備はいいか!?」
「いつでも!」
「残った者は同時にやるぞ! ……今だ!」
触手を再生させようとしているのか、動きが一瞬止まったのを見逃さずに指示を出す。
近衛部隊の剣では傷は付けられないが、攻撃をいなす事はできる。
それがわかっているからか、アルノーが動きやすいように連携してくれているようだ。
俺も回復した魔力を使い、次々に触手を斬り落とす。
アルノーが襲って来る触手を掻い潜り、脇腹に剣を突き立てた。
すぐに引き抜き距離を取る。
その直後、フレデリクが悲鳴を上げた。
「があぁぁぁぁっ! 何だこれは……ッ! 熱い……痛い! 痛い! 助けてくれぇっ!」
刺された傷口から変色し始めたフレデリクは、俺達が目に入っていないように、暴れてのたうち回りながらも出口へと向かう。
「一体何が起こったのだ」
「部下の剣に五百年前にいたという毒竜の毒を塗ったのです。知り合った古竜にですら、触れただけで鱗がただれると言わせる、強力な毒をね。死ぬのは確定でしょうが、万が一にでも外で暴れると大変ですから追いましょう」
「ああ、ポーションを飲んで回復したら行くぞ!」
呆然とするフェリクスにざっくりと説明した。
さっき使用許可を出した物が、黒からもらった毒なのだ。
俺には必要ないとして、ひとつしかない上に、危なすぎてアルノーにしか持たせられないと、ジュスタン隊で話し合って決めた。
これで放っておいてもフレデリクは死ぬだろう。しかし、あのまま暴れられて魔塔が崩れでもしたら厄介だ。
「なぁ、さっき団長……フェリクス王太子の事呼び捨てにしてなかったか?」
「ですよね? 自分も聞きました。しかもバカって言ってました」
フラつきながらも立ち上がっているガスパールとマリウスの言葉は聞かなかった事にして、地上への階段に向かった。
エルドラシア王国編もあと一話!