192.
魔塔主フレデリク視点です
私が生まれたのは先代の王が即位した年。
現役の王以外は側室を増やしてはいけない、そんな決まりがあるため、先々代の王である父が譲位する前にと戯れに手を出した侍女の一人が身籠った。それが私だ。
退位間近の父、男爵令嬢の母、その時点で私が冷遇されるのは確定していたと言える。
兄である先代の王は、父が三十歳を超えてから正妃との間に生まれた。
その兄が王になれる年齢、つまり母は自分の父親よりも年上の相手の子を孕まされたのだ。
しかもすぐに隠居生活が待っているのである。まだ若かった母は当然荒れた。
私の記憶に微笑みかけてくれる母はいない。
幸い乳母がまともだったおかげで、寂しい思いはしつつも真っ直ぐに育っていたと思う。
しかし、幸せそうに笑う私が疎ましかったのか、母は私が七歳になると乳母を解雇してしまった。
一週間ほど毎日泣いていたが、結局泣いても望みが叶わないと悟っただけだ。
乳母が解雇されてから、最低限の教養のためにつけられた教師と多くの時間を過ごすようになり、体力をつけるための散歩で初めて王宮の片隅にある離宮を出た。
普段から表情の乏しい教師を苦手に思っていたが、この時ばかりは教師が好きになれそうだと思ったほどだ。
それまでは離宮の周りしか歩いたことがなかったが、中庭にはこれまで見た事がないような綺麗な花がたくさん咲いていて感動したのを覚えている。
自分が住んでいる離宮からはこの中庭が見えなかったのは、当時の王である兄が住む区画からよく見える造りになっているからだと後に知った。
「先生、私が大人になったらこちらの宮に住めるのですか?」
「こちらの宮に住めるのは王と王の妻、そしてそのお子様だけです。あとは……その方々の侍従や侍女はすぐに対応できるように、住み込みで働いていますが、他の者は基本的に通いで働いています」
侍従や侍女が普段から両親に色々と仕事を言いつけられては苦労をしているのを見ている。
その実態を知っていて、侍従になるという選択肢はなかった。
「私はずっとあの離宮にいないといけないのでしょうか」
「いいえ、フレデリク様は魔力が多いようですから、魔導師を目指すのはいかかがですか? 頑張れば魔塔主にだってなれるかもしれませんよ?」
「魔塔主? 魔塔主って何ですか?」
「ほら、あそこに見える塔があるでしょう? この国の魔導師の頂点に立つと、あの塔の主になれるのです。こういう言い方は陛下に対し不敬かもしれませんが、魔導師の王という立場ですね」
「魔導師の王……」
この瞬間、私の心に何かが芽生えた。
王である年の離れた兄には、一歳になる王子がすでに生まれている。
しかも私に兄は一人ではない。どうあがいても私がこの国の王にはなれないとわかっていた。
だが、教師のひと言で魔導師の王にならなれるという希望の光が差す。
このエルドラシア王国は魔導具の本場と言われるくらい、研究が進んでいる事は授業で習っていた。
つまり、この国で魔導師の王という事は、世界中の魔導師の王になったと同じ事なのだ。
「先生、私は魔塔主を目指します!」
「目標を持つのはいい事です。では今後は魔法にも力を入れましょうか」
「はい! お願いします!」
こうして教師から指導を受け、学院に入る頃には魔塔から卒業したら、と誘いが来るほどになっていた。
私が魔塔に所属した時には、先代のゼフィールがまだ副魔塔主で、生活に便利な魔導具を次々に開発して魔塔全体が活気づいていた時期と言える。
私の身分は公然の秘密だったものの、表立ってそれを口にする者はいない。
なぜなら私の王位継承権は新たな王太子擁立と、他の王子達の誕生により無いに等しくなったからだ。
しかも私の身分は成人と共に一貴族となっている。つまりは兄の家臣だ。
月日は流れ、甥が新たな王となり、先代が魔塔主になった時、この男が生きている限り私は魔塔主になれない事を悟った。
しかも小汚い娘を拾ってきて育てている。
平民のくせに魔力だけは多い。そう思っていたが、成長するにつれ恐ろしいまでの才能を発揮し出したのだ。
このままではゼフィールが死ぬ頃はアリアが魔塔主として候補になるだろう。
そんな事は許せない、許せるはずがない。
私は計画を練った。
暗殺者を雇う? 毒を買う? どの手段を使っても、いつかほころびが出そうだ。
結局私は隠蔽魔法を使って山へと向かった。
買っては証拠が残ると思い、毒草を採取するためだ。
そこでの出会いが私の野望を加速させる事になる。
魔塔主になりたい、それだけだったはずの私の野心が、野望が国の乗っ取りという大きなものへと変わった。
これまで私になかった毒の知識、そしてヒ素という最適解。
協力を申し出た彼らが求めるのは、自治を認められる不可侵の土地。
最近王都で流通が始まったコーヒーという飲み物、彼らが山の高地で栽培しているものらしい。
このコーヒーにヒ素を混ぜておけば飲むたびに少しずつ摂取して、徐々に弱らせられるとも助言をもらった。
王宮ではどんなに屈辱的な事があっても、笑顔でいるようにと教師に教えられたおかげで、ゼフィールにもアリアにも敵意を見せた事はない。
ヒ素を混ぜたコーヒーを差し入れ、アリアが毎朝準備してくれるとゼフィールが嬉しそうに話すたびに内心笑いが止まらなかった。
最後まで疑わず、老衰だと信じて治癒師を呼ばなかったのも運がよかった。
治癒師を呼ばれていれば、もしかしたら気付く者がいたかもしれない。
ゼフィールが死んだと公表された後、魔塔主となった私の部屋に彼らの一人が現れた。
金銭をせびりに来たのかと警戒したが、次の段階に進む相談に来たらしい。
不気味なのはどうしてここに私がいるとわかったのか。そして私の身元だけでなく、魔塔の者達が行っている研究内容まで知っていた事には不気味さに鳥肌が立ったほどだ。
私はとんでもない者達と手を組んでしまったのかもしれない、そう思った時にはもう引き返す事はできなかった。