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19.

 シモンが犠牲になったウメボシの刑が部下達に認識された翌日、一部隊だけ森の状況確認に向かわせたが、残りは魔物の数が減った事を周知するために領都内の見回りに向かった。



 ついでにマルクとクロエの家に様子を見に行こうと、夕食後に手土産代わりのハチミツパンケーキを作る事にしたが……。

 料理人達が帰る間際、料理長に片付けもしておくからと、厨房の使用許可をもらった時にとある事が発覚した。



 昨日俺達が東の森へと出る前に俺へと差し入れられた食事、あれを食べた辺境騎士団の奴らが腹を壊して寝込んでいるらしい。

 嫌っているはずの俺に差し入れなんておかしいと思ったが、やはりそういう事だったか。



 辺境騎士団の訓練場に持って行く時に、「本邸からもらったが出発の準備に間に合わなかったのでもったいないからこちらで食べてほしい」と言ってあるので、何かあっても文句は本邸へと向かうのだ。

 この杜撰(ずさん)さからして、きっと辺境騎士団長のクレマン辺りが計画したんだろうな。



 もしも料理人が誰かに頼まれて下剤か何かを入れたのなら、自分達のせいにされないように黒幕の名前を出すだろう。

 こっちの宿舎にも料理人達がいるのに、本邸の料理人達が俺に差し入れなんてするわけないし、持って来たのが騎士団の人間だったからな。

 あっちのゴタゴタはあっちに任せよう、俺は関わりたくない。

 


 ちなみに昨夜パンケーキを作っている最中、匂いを嗅ぎつけてきた数人に、口止め料として半分ほど持っていかれている。

 最初は俺が作っている事に驚いていたくせに、焼き上がったパンケーキ欲しさにずるいの合唱しやがった、ガキか。



 他の奴らまで来てはたまらないから、黙らせるために食べたら歯磨きをしろと言って一枚ずつ渡した。

 その合唱したメンバーと共に町の見回りに出る、つまりは俺の隊全員パンケーキを食べているのだ。



 どうせこういう事に目ざといシモンが、他のメンバーに声をかけて俺の様子を見に来たのだと思う。

 とりあえず、マルクとクロエの分は確保できたからよしとするか。



 大通りの見回りの途中、家財道具を馬車の荷台に乗せた一家を見かけて声をかける。



「引っ越しのようだな……。おい、そこの、食料を多めに積んでいるが、町を出るのか?」



「ひぇっ、ヴァ、ヴァンディエール騎士団長……! そ、そうです、最近魔物が増えてきて物騒だから、親戚のいる町へ引っ越そうかと……」



 元々一部ではスタンピードの前兆で魔物が増えているのではないか、という噂はあったが、ここ何日か前から領都から出て行く者が増えていると報告を受けてはいた。



「理由が魔物だけなら中止した方がいいぞ、もう魔物は減少しているはずだからな。ちょうどいい、これまでの魔物増加はスタンピードの前兆だったが、原因を取り除いたからもう安全だと周りにも伝えてくれ」



「えっ!? スタンピードが……なくなったりするんですか!?」



 今回より前にスタンピードの発生前に阻止したのは、文献に載っているような昔の事なせいか、平民にはあまり知られていない。

 信じられないとばかりに、先ほどの怯えた態度を忘れたかのように俺を凝視している。



「ああ、原因を取り除いたからな。高位神官からの言質(げんち)も取ったから安心しろ。このタレーラン辺境伯領で今後スタンピードが起こる事はないだろう」



「あなた……!」



「ああ! ……ありがとうございます、新しい土地で上手くやれるか不安だったので、ここでこのまま暮らせるならそれに越した事はありません」



 荷台に乗っていた妻と手を取り合って喜んでいる。

 二人して俺に感謝の目を向けてきたが、実際は俺じゃなくてカシアスの手柄なんだよな。



「手柄を立てたのは俺の部下だ。そいつに伝えておこう」



「はい、ぜひとも感謝をお伝えください! では失礼します」



 御者台に座っていた男は、笑顔で馬車を反転させて元来た道を戻って行った。

 先ほどのやり取りを聞いていたらしい周りの住人達も、さわさわと囁き合っている。

 ここで一回周知しておいた方が良さそうだ。



「さっき言っていた事は本当だ! スタンピードの心配はもうない! そして森の魔物の発生も今後減るから安心するといい!」



 しっかりと鍛えられた腹筋のおかげで、俺の声はよく通る。

 大通りにいた者達はわぁっと歓声を上げて喜び、知人達に報せに行くのか、笑顔で足早に散って行った。



 マルクとクロエにも早く教えてやろう、きっとパンケーキも喜んでくれるだろう。

 数日むさい顔しか見ていないせいで、余計に二人の笑顔が早く見たい。



 二人の家の近くの薬屋に立ち寄り、昨日厨房で使った分のハチミツを買い足した。

 殺菌効果のあるハチミツは薬屋でも取り扱っているのだ。



 貧民街(スラム)へ入り、子供達の家のドアをノックをするとマルクが顔を出す。

 それと同時に、中からふわりとパンケーキを焼く香りがした。



「ヴァンディエール騎士団長! こんにちは」



「あー! おにいちゃんだぁ!! みて! いまおとうさんがパンケーキやいてくれてるんだよ!」



 見ると俺が作った物とは比べ物にならないくらい下手な焼き加減と形、全く甘い香りのしないそれを嬉しそうに頬張っているクロエ。

 どうやらジョセフはちゃんと更生しているようだ。



「これはヴァンディエール騎士団長! 昨日出された領主様からの御触書(おふれが)きで、俺みたいに領主様の命令で怪我をした場合、それでもやれる仕事を斡旋する施設を作ってくれるって事になったらしいんです。ヴァンディエール騎士団長が領主様にかけあってくれたんでしょう? ありがとうございます!」



 以前に比べて格段にまともな目をしているジョセフ。

 辺境伯に不興を買う覚悟で色々言った甲斐があったようだ。



 しかし、この状況は俺が作ってきたハチミツパンケーキを出せる雰囲気じゃない。

 前回会った時に、今度はお土産を持ってくるという約束をしたから何か……あ。



「これは前にクロエと約束した土産だ。俺達第三騎士団は魔物騒動が終息したため、一週間もすれば王都に戻るから一応知らせに来た。これからも仲良く暮らせよ」



 さっき買ったばかりのハチミツの瓶をジョセフに渡すと、それを見たマルクとクロエの目が輝いた。



「すごい! ハチミツだ! ありがとうヴァンディエール騎士団長!」



「ありがとうおにいちゃん!」



「ハチミツ!! こんな高価な物を……! ありがとうございます、さっそく子供達に食べさせますね。本当にお世話になりました、何度お礼を言っても足りないくらいです。王都に帰ってもお元気で」



「ああ、邪魔したな」



 ドアを閉めた中から、子供達の嬉しそうな声が聞こえてきた。

 家の近くに待機していた部下達は妙にニヤニヤとしている。



「お兄ちゃん、オレもパンケーキ食べた~い」



 シモンが手を組み、シナを作っておねだりしてきた。

 全然可愛くない。

 だが俺が準備したハチミツパンケーキを渡していないのを見られている。



「…………はぁ、わかった。休憩の時にな」



「やったね!」



 俺の言葉にシモンだけじゃなく、他の三人も喜んでいる。

 お前らも食べる気か。

 まぁいい、今回はこいつらの笑顔で我慢しておいてやるか。可愛くないけどな。


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