189.
「アリアが怪我をして学院を休んでいるらしい。クラリス王女から様子を見て来てほしいと伝言があったんだが、お前達の誰か一緒に行くか? アリアも一応年頃の女性と言えなくないからな、男一人で訪ねて妙な噂が立ってもまずいだろう。魔塔に住んでいるから、ドラゴンであるジェスを連れて行くと面倒な事になりかねないし」
部屋に戻り、部下達に声をかけた。
部下達にはアリアの許可をもらって一連の話はしてある。
できればお見舞いに行った時に情報収集もできれば一石二鳥だ。
「オレも行く! アリアが心配だしな!」
情報収集に関して一番戦力にならないシモンが真っ先に手を挙げた。
「僕も行きます。シモンが行くなら情報収集係は必要でしょう? それに魔塔の中に興味もありますし」
マリウスが名乗りを上げたのは少し意外だ。シモンが行くならアルノーが行くと言うと思ったのだが。
チラリとアルノーを見ると、にっこりと笑顔で口を開いた。
「僕が行って、これ以上優しくしたら惚れられちゃうかもしれないからね。そんなの面倒でしょ? それにあんまり大人数で行ってもアリアが落ち着かないだろうし」
「…………そうだな」
確かに顔立ちの整ったアルノーに優しくされ続けたら、勘違いする女性は多そうだ。
アルノーが女性関係で失敗したところを見た事がないのは、こういう距離の取り方が上手いせいだろう。
「ボクお留守番なのかぁ……」
「すまないな。魔導師からしたら、ドラゴンであるジェスを素材として見そうで俺が怖いんだ」
ドラゴンの素材は武器防具だけじゃなく、魔導具にも色々利用できたはずだからな。
「うん……、それじゃあアリアに早く元気になってねって伝えて!」
「わかった。アリアが元気になったら一緒に遊ぶ約束もしてくるか」
「わぁ~い!」
ピョイピョイと嬉しそうに跳ねる姿見せられたら、アリアも喜ぶんだろうなぁ。
アリアのお見舞いで魔塔へ向かう旨を手紙に書き、迎賓館の執事に馬車の準備と共にことづけた。
これで今から見舞いの品を買ってから向かえばちょうどいい時間になるだろう。
俺とシモンとマリウスの三人は、執事が準備してくれた馬車に乗って一度街中へと向かった。
怪我という事は、余程の大怪我じゃなければ食事制限はないはず。
「やはり無難なのは甘い物か……」
「お見舞いの品ですか? 女性相手でしたら、花とちょっとしたお菓子が一般的ですね。団長でしたら……この前大通りで見かけたケーキ屋が人気のようでしたよ」
「ではそうするか」
「わかりました。御者さん、大通りの花屋とケーキ屋が近くにある噴水前までお願いします」
『承知しました』
マリウスが御者へ指示を出した。
今回はマリウスが一緒で正解だったのかもしれない。
「けどさぁ、怪我ってどうしたんだろうな。森へ行く時はオレらと一緒だったしさ、学院で階段から落ちたとか?」
シモンが窓の外を見ながらポツリと呟いた。
怪我した事自体には、自分達にとっては日常茶飯事なせいか、あまり心配しているようには見えない。
日常生活でする怪我で、学院に行けないとなると捻挫か何かだと思っているのだろう。
「エルネストもそこまでは知らないようだったからな。行けばわかる」
「ひひっ。普段は団長、エルネスト様を呼び捨てにしてるのに、本人の前だと様って付けてるのを聞くとムズムズするよなぁ」
「シモン!」
何も考えていないであろうシモンの発言に、マリウスが慌てて名前を呼んだ。
今回の発言は揶揄おうという意図はなく、ただ思った事を言っただけのようなので怒るつもりはない。
「今回エルドラシア王国にいる間はクラリス王女の兄という、王族としての立場が大きいだろう。だから敬称を付けているだけだ。本人からも騎士としては俺の方が団長という上の立場だから、普段は呼び捨てでかまわないと言われているしな」
「そういや訓練の時とか普通に話してたっけ。よくコロコロ切り替えられるよなぁ」
「シモンには難しいかもしれませんね」
「マリウス! てめぇ!」
「うるさいぞ、静かにしろ」
シモンのせいで騒がしかったが、無事にお見舞いの品を購入して魔塔へと向かった。
ちなみにケーキは一緒に食べた方が美味しいという、シモンの熱いプレゼンにより四つ買ってある。
けどコイツ、自分が食べたいだけだろ。
魔塔に到着すると、以前魔導具店に案内してくれたカールが出迎えてくれた。
「おまちしておりました。ヴァンディエール騎士団長」
「出迎え感謝する。アリアには会えるか?」
「はい。足に怪我をしたから歩けないだけで、本人はいたって元気ですので喜びますよ」
どうやら大怪我というわけじゃなさそうだ。
しかし、少々の怪我ならポーションや治癒魔法で治していそうなものだが、完治していないのならばそれなりの怪我を負ったのかもしれない。
カールの案内で、五階建て、地下三階ある魔塔の内、四階までやってきた。
地下と三階までは研究室となっていて、四階と五階は居住区らしい。
各部屋の扉に魔力登録しているから、男女が同じフロアに住んでいるとか。
石造りだから防音もしっかりしていそうだ。
「アリア、ヴァンディエール騎士団長達がお見舞いに来てくれたよ」
カールがドア越しに声をかけると、勝手に扉が開いた。
「それじゃあ私はここで。出る時は誰もいなくても出られますので、ごゆっくり」
それだけ言うと、カールは階段を下りて行った。
花束を抱えたまま部屋に入ると、十畳ほどの部屋に置かれたベッドにアリアが身体を起こして座っている。
「いらっしゃい。……ふふっ、ジュスタン団長は花がよく似合うわね」
「何を言っている。俺より確実にアリアの方が似合うだろう。見舞いの花と……ケーキも買ってきた」
「ケーキ!? ありがとう!!」
花より断然ケーキの方が嬉しそうだ。
魔塔専属の下働きがいるらしく、アリアが魔導具で呼び出すと、お茶とケーキをテーブルにセットして、花束を花瓶に生けるべく持って行った。
生活に不便がないようでなにより。
「で、一体何があったんだ?」
俺の質問でアリアの顔が強張った。