184.
「あっ、そういえば前回までジェスもずっと一緒にいましたけど、ジェスには魔物避けの魔導具が効かないんですかね?」
気まずい空気を壊すようにマリウスがアリアに聞いた。
「…………そっか! 人化してたからすっかり忘れてたけど、ジェスってドラゴンだから魔物じゃない!」
本気で今気付いたのか、アリアが動揺している。
「普通に強い魔物には効果がないんじゃないのか? それとも……知能の高い魔物には効果がないという可能性もあるな」
「それは盲点だったわ。確かにこれまで知能の高い魔物や、あたし達が手に負えないような強い魔物で試した事がないもの」
強い魔物を誘導できるとなったら、それこそ他国に攻め込もうという考えの輩が現れるだろう。
「だが、当初の目的の村や集落を荒らす魔物を追い払うという点では問題ないだろう? 強い魔物ほど魔素の濃い場所を好むから、村や集落のある場所に出て来るのは小物だけだからな」
「……そっか、そうよね。だけどこの結果をこのままあいつに報告するのは癪だわ」
「今は何も気付いてないフリをしておくんだな。確たる証拠を集めてからでないと、逆に何か濡れ衣を被せて投獄される事になるぞ」
「それがわかってるから悔しいのよ」
一番簡単なのはアリアが淹れたコーヒーで毒殺したという事実を公表するだけで済むからな。
魔塔主が差し入れたコーヒーにアリアがヒ素を混入させたと言い張ればそれで終わりだろう。
優秀とはいえ平民の魔導師の言う事と、庶子とはいえ王族の血を引く魔塔主であれば、どちらの言う事を優先するかなんて聞くまでもなくわかる話だ。
アリアは悔しそうにしているが、今の現実を考えると仕方ない。
会話が途切れ、森を出るまで無言で歩いた。
いつものように待っている馬車に乗り込むが、今回はなぜかアルノーが俺とアリアの馬車に乗り込んできた。
「あっ、何でアルノーがそっちに乗るんだよ! ずるいぞ!」
「前はシモンが乗ったじゃないか。僕だってたまには団長とゆっくり話したいの!」
森を歩いている時から何かを考えているようだったから、俺に話があるのは本当だろう。
それに気付かず、何やら文句を言い続けているシモンはガスパールとマリウスに二台目の馬車に押し込まれている。
馬車が動き出すと、アルノーが口を開いた。
「団長、さっきの……」
「ちょっと待て。アリア、また防音魔法を頼めるか」
アリアはコクリと頷くと、防音魔法を展開した。
情報漏洩に関しては、神経質過ぎるくらいでちょうどいいからな。
「わぁ、これで御者に話が聞こえなくなったの? すごいねぇ、団長も覚えたら? 森の中とか重宝しそうじゃない?」
「この魔法は外の音もこっちに聞こえなくなるから、俺達には向かないんだ。それより話があるからこっちの馬車に乗ったんだろう?」
問いかけると、ニッコリと笑顔を見せた。
「さすが団長、やっぱり気付いてた? さっき森の中で濡れ衣がどうとか言ってたでしょ? それが引っ掛かってさぁ。シモンは絶対気付いてないだろうけど、マリウス辺りは気付いてそうだよね。アリアが言ってたあいつって魔塔主の事だろうし、何かあったんだろうなぁ~って」
さすがの洞察力に感心するな。
シモンが気付いていないのも間違いないだろう。
「アリア、アルノーには全容を話していいか? こいつは俺の隊の中でも頭脳派だから、アリアの助けになるはずだ。元々アルノーに話す許可はもらおうと思っていたしな」
「…………わかったわ」
硬い表情ではあったが、アリアは頷いた。
事情を話し終わると、アルノーは苦々しい表情でつぶやく。
「酷い……、子供に何て事させるんだ……! 相手が王族なら確実に仕留められる証拠や状況にしてからじゃないと返り討ちに遭うね。まずは情報収集かな。ヒ素を手に入れた店がわかると一番いいけど、直接買ったか人を使ったかもわからないし……」
アルノーはいくつかアリアに質問すると、しばらく考え込み、顔を上げた。
「それじゃあ僕達は今夜情報収集に向かうね。団長がいたら警戒されちゃうから、留守番してもらわなきゃいけないけど…………魔導師が出入りするランクの酒場はちょっと敷居が高いから、資金提供はお願いしたいかな」
とてもいい笑顔で手を出すアルノー。
「…………資金提供する価値のある情報を引っ張ってこいよ」
向かいに座るアルノーに取り出した大銀貨一枚を親指で弾くと、しっかりキャッチして手の中を確認して満面の笑みを俺に向けた。
「さっすが団長! 絶対とは言えないけど、この資金に見合う情報は引き出してくるつもりだよ」
そう言っていそいそとポケットに大銀貨をしまい込んだ。
「何で……そこまでしてくれるの……?」
「子供を悪事に利用するような奴は許せないし、ラフィオス王国の騎士としてクラリス王女が結婚してからゴタゴタに巻き込まれるのは看過できないからな。俺達がいる間に膿が出せるなら出しておくに越した事はない」
「ふふっ、団長がこう言ってるから、部下である僕達は従うだけさ。君は一人じゃないよ、アリア」
「う……っ、ふぅ……っ、あ、ありがとぉ……っ」
俺とアルノーのやり取りの時点ですでに泣きそうになっていたというのに、アルノーのひと言がトドメとなってアリアの涙が溢れ出す。
馬車を降りた時、再び泣き腫らした顔のアリアを見てシモンが俺に容疑をかけたので、今度こそウメボシの刑に処しておいた。




