183.
「うわっ!? どうしたんだアリア! 団長が泣かしたのか!?」
「人聞きの悪い事を言うんじゃない!」
馬車を降りてアリアの泣き腫らした顔を見た瞬間、シモンが俺を容疑者にした。
半分正解でもあると思うので、完全に否定できないのがつらいところだ。
「ち、違うの! ジュスタン団長に相談にのってもらってただけだから……」
「本当か? 団長に意地悪されたらオレ達に言えよ?」
「ほぅ……。本人も違うと言っているのに、そんなに俺が信用できないと?」
怒りを滲ませた笑顔でシモンに問うと、今俺の存在に気付いたかのように慌て出した。
「僕達は何にも言ってないよ? シモンだけだから」
「そうそう! 団長が子供を泣かすなんて事しねぇもんな!」
「自分もそんな事思ってません!」
瞬時に仲間を売る部下達。
こういう時の連携は見事なものだ。
「あ、いや、違うって! オレだって団長がそんな事するなんて思ってねぇよ!? けど、何かあった時に相談する相手がいたら安心するってもんだろう!? なっ、アリア!」
「クスッ、本当にあんた達って子供なんだから。……けど、ありがと」
こいつらと一緒にされるのは不本意だが、アリアが笑顔を見せられるくらいに落ち着いたのならよしとしよう。
幸い馬車か馬で来るしかない森の中に入ってしまえば、内緒話をするにはうってつけの場所になる。
実際俺が作戦を考えるより、アルノーやマリウスに考えてもらった方が確実だろう。
というわけで、先代の死因の話を飛ばし、部下達にも情報を共有する事にした。
滞在期間が長くなってきたからこそ、これまでにも何度か飲みに出かけている部下達に情報収集も頼めるしな。
アリアの魔導具も今回の調整で完成するらしいが、魔塔主にはもうしばらくかかると伝えてもらう事にした。
「あのね……、師匠が遺した研究がもうひとつあるの」
実験が終わり、もう帰るという時になってアリアが意を決したように言った。
「魔導具の新商品ですかっ!?」
その話題に真っ先に喰い付いたのはマリウスだ。さすが商人の息子。
「ううん、本来は魔物と意思疎通するために、魔物の能力を取り込めないかっていう研究だったんだけど……」
「それはまた……悪用しようと思えば、いくらでもできそうな研究内容だねぇ」
アルノーが顔を引きつらせている。俺も同意見だ。
「その研究は完成しているのか?」
「ううん。魔素を集めるのは魔石を使えばできるけど、動物を使って注入を試みたら魔物化してたの。それで試しに魔素の影響をあまり脳に行かないようにして、身体能力だけ上げる実験をしていた途中で師匠が亡くなったから……」
「アリアが引き継いだのか?」
俺が聞くと、アリアの身体がビクリとわかりやすく動いた。
「師匠が亡くなってすぐに……当時副魔塔主だった魔塔主が師匠の研究資料を見て、師匠が遺した研究は師匠が生きた証だって言われて……、手助けはするからとあたしに研究を続けるようにって。最優先は元々師匠と共同で研究していたこの魔物を誘導する魔導具だったけど、一応そっちの研究も続けているわ」
目を逸らしながら気まずそうに説明するアリア。
危険な研究だという事はわかっているのだろう。
「それで……、その研究は完成しているのか?」
「まだよ。動物を使うと、どうしても魔物化してしまうもの。だけど……」
「だけど何だ?」
「魔物化したばかりの動物を使うと、元から魔物だった場合より、魔導具で意思疎通というか……、誘導がしやすいっていう結果は出てるの。だから、もしかしたら知能の高い動物を使えば、魔導具がなくても意思疎通のできる魔物が誕生するんじゃないかっていうところまで研究は進んでるの」
知能の高い動物。そう言われて真っ先に思いつくのは人間だ。
だが、シモンはウンウン唸って考え込んでいる。
「知能が高いってどのくらいだ? 賢い動物かぁ……犬とか?」
この世界では学者でもない限り、人間が動物のカテゴリーに入るという意識も知識もない。
シモンの反応は一般的なものだろう。
「まぁ、中にはお前より賢い犬もいるだろうが、森にいる動物と犬は大差がないぞ。動物で賢いとなると……猿だな。森にいるという前提ならな」
「誰が犬以下なんだよ!? ……他の場所なら猿より賢い動物がいるっていうのか? 狼……より猿の方が賢いよな?」
不満そうな顔をしながらも、答えが気になるようだ。
「人間だ」
俺が答えると、アリアは険しい顔で俺を見た。
恐らくその可能性にはたどり着いていたのだろう。
だが、動物が魔物化したのなら、人もそうなる可能性が高い。
そんな実験をするわけにはいかないからこそ、行き詰まっていたというところか。
「最後に魔塔主に実験経過を報告した時に、秘密裏に処分しても誰も困らない死刑囚を使えればって言ってたわ。すぐに冗談だと言って笑っていたけど……」
「え~? けど、実験には動物を使うんだろ? じゃあ人族を使うなんて事はねぇんじゃねぇの?」
「一般的には知られてないけど、人族もというか、ドワーフみたいな亜人種も動物の一種になるのよ」
「え? じゃあ人族で実験したら、魔物になっちまったりするのか!? まさかそんな……なぁ? ははっ」
すぐには信じず笑ったシモンだったが、険しい表情のままのアリアを見て、頬を引きつらせた。
週の前半に投稿し忘れていたので、明日も更新します!