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182.

 俺達がエルドラシア王国に来て二十日ほどたった頃には、王宮だけでなく王都全体が浮足立っていた。

 理由はもちろん王太子であるフェリクスとクラリスの結婚式が近付いてきたからだ。



 ジェスは魔導具の件をラフィオス王に報せるため、エルネストに頼まれて一時帰国している。

 ついでに各自の手紙も頼んだ事もあり、戻って来るのは明日の予定だ。

 その間にも俺達はたまにアリアの実験の護衛を頼まれたり訓練をしたりと、それなりに忙しくすごしていたわけだが。



「数日前からアリアの様子がおかしくて……」



 そう言ったのはクラリス。

 エルネストからの伝言で、ジュスタン隊全員に来てほしいとの要請で王宮にやってきたら、アリアについての相談だった。



「アリアがおかしいのはいつもじゃねぇの? ……ととっ、じゃないのですか?」



 シモンの言葉にクラリスはクスクスと笑うが、すぐにまた沈んだ表情に戻ってしまう。



「いつも学院で会うと笑顔で挨拶してくれていたのに、ここ数日アリアの笑顔を見ていないのです。あなた達と王都の外へ出かけているようだから、何か知っているかと思って」



 クラリスは現在フェリクスと共に学院に通い、貴族の子女と交流を深めているが、どうやらアリアと仲良くやっているようだ。



「最後に会ったのは四日前ですので、我々にはわかりかねますが……。明日は王家の森に護衛としてついて行く予定ですから話を聞いてみましょう」



「お願いしますね。わたくしが聞いてもなんでもないとしか言ってくれなくて……」



 アリアからもクラリスの話が出たりしていたから、結構仲良くやっていると思っていたんだが。

 よほど深刻な事なのか、もしかしてクラリスに関わるからこそ言えない場合もあるか……?



「幸せな花嫁の顔が曇っていては周りが心配しますからね。何かあれば我々がアリアの力になりますので、クラリス王女は安心して式の準備に専念してください」



「ええ、ありがとう。でもわたくしにできる事があればすぐに報告してちょうだい」



「承知いたしました」



 あの能天気そうなアリアが笑っていないというのは想像できないが、本当なら余程の事があったのだろう。

 魔塔主からエルネストを通して護衛の要請があったから、明日は顔を合わせるはずだが……。




 そして翌日、迎賓館で準備された馬車に乗って魔塔へと向かうと、沈んだ顔のアリアが待っていた。

 今回は文句を言うシモンもまとめて部下達だけ一台の馬車に押し込み、俺とアリアが一対一で話せるようにしてある。



「あれ……? 今日はジュスタン団長一人?」



 ドアを開けて開口一番、アリアは首を傾げた。



「ああ、ジェスは一度ラフィオス王国へ帰っているんだ。シモンは後ろの馬車に乗っているが来ているぞ」



「そう……」



 それだけ言って馬車に乗り込み、その後王都を出てもしばらく無言のままだった。

 何度も何かを言おうとしてはやめているから、やはり俺一人で正解だったようだ。

 窓の外の景色を見て時間を潰してはいるが、代わり映えのしない街道だからなんの面白味もない。



「何か相談したい事があるなら、うるさいのがいない今の内だぞ。許可なく他に話を漏らさないと約束してやるから」



 窓の外を見たまま言い、アリアに視線を向けると大粒の涙をこぼして泣いていた。

 まさかの反応に内心動揺しつつ、ハンカチで涙を拭いてやる。

 そういえばアランの涙も拭いたっけ……。



「言いたくないのなら無理には聞かないから……」



「ぐすっ、……たの」



「え?」



「あたしが……っ、師匠を……ひっく、こ、殺したの……っ!」



 押し殺すような、絞り出すような声で紡ぎ出されたその言葉に、一瞬俺の頭は真っ白になった。

 


「……どういう事だ!? いや、待て。その前に防音魔法は使えるか?」



「うん……ぐす、『防音(サウンドプルーフ)』」



 普通の話し声は走行音に紛れて御者には聞こえないだろうが、感情的になって声が大きくなるかもしれないからな。



「よし。アリア、お前の態度から、最近までその事を知らなかったんだろう? いったいどうして自分が師匠を殺したと思ったんだ?」



「前に魔塔主と師匠がコーヒーを気に入ってたって言ったでしょ? 師匠がコーヒーを飲み始めたのは、魔塔主が頭がスッキリするからと差し入れしてたからなの。それで……、少し前に魔塔主が誰かと話しているのを聞いちゃったの。先代にヒ素入りとは知らずにコーヒーを淹れ続けたバカな娘って……うぅ……っ」



 再びアリアの目から涙がこぼれ落ちる。

 以前アリアは先代にコーヒーを淹れていたから上手なんだと自慢していた。

 つまりは魔塔主はアリアを使って先代を毒殺したという事か。

 知らなかったとはいえ、恩人を殺してしまったアリアの心中は察して余りある。



「お前は悪くない。悪いのは魔塔主じゃないか。俺に話したという事はどうにかしたいんだろう?」



 先代が亡くなったのは三年前だったはず。その頃のアリアはまだ十一歳じゃないか。

 そんな子供に、大人であっても気付くのは不可能だったであろう毒殺に気付けというのは無理というものだ。



「仇をとりたい……っ! あいつ、自分も王家の血を引いているんだから、師匠からあたしが引き継いだ研究を利用して、いつか玉座を自分の物にするって言ってた! あたし一人だとどうにもできないし、フェリクス様やクラリス様に言っても信じてもらえるかわからなくて……。何より……クラリス様に嫌われたくない……」



「わかった。だが謀反の可能性があるならフェリクス様の協力を仰いだ方が得策だろう。状況を整理してきちんと報告する場を設けよう。大丈夫だ、二人共アリアを嫌ったりなんかしない。よくそのまま魔塔主を問い詰めにいかなかったな、えらいぞ」



 頭を撫でると、今度は違う意味で泣きそうな顔をした。

 一人で抱え込んでいた不安から、少しは解放されたのだろう。

 馬車を降りた時に泣きはらした顔のアリアのせいで、部下達にあらぬ誤解を受けたのはどうかと思うが。

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