179.
王都を出て三十分ほどで森に到着すると、御者達には三時間後に戻るように伝えて奥へと向かった。
「こんなに王都に近いなら、果物は冒険者に根こそぎ取られると思うんだが」
「ああ、それは大丈夫! この森は王家の所有だから、見つかったら厳罰ものなの。あたしは魔塔所属だから問題ないけどね!」
「ちょっと待て。俺達も入って大丈夫なんだろうな?」
これで俺達だけ処罰されるなんて事になったらシャレにならない。
「大丈夫よ、途中で小さな集落があったでしょ? あそこは森に向かう人を監視しているの。当然一般の人は知らないんだけどね。私達が乗ってきた馬車には王家の紋章が入っていたから、ちゃんと関係者とわかっているし、私が同行しているからどちらにしても問題ないわ。フレデリク様を通して陛下にも報告してあるし」
「フレデリク……。ああ、魔塔主か。やはり魔塔主ともなると陛下にも簡単に謁見できるんだな」
「あ~……。というより、王家出身なのよ。えっと……、今の陛下は甥になるんだっけ? だから兵士も魔塔主の頼み事は聞くけど、先代の頼み事は魔導具と引き換えじゃないと聞かなかったのよね! 魔物素材を手に入れるために、仕方なく要求を呑むしかなかったわ!」
先代が生きていた頃を思い出しながら、アリアはプリプリと怒り始めた。
「フレデリク殿は王族なのか!? それなのに魔塔主になるなんて珍しいな。よほど魔力が多かったのか……それよりフレデリク様と呼ぶべきか?」
「噂では身分の低い側室の子だったから、まともに王族として扱ってもらえなくて権威を求めて魔塔主を目指したらしいわ。だから身分より魔塔主として扱われた方が機嫌がいいわね。身分の話が出ると、表情は笑ってるけど絶対機嫌が悪くなってるもの」
意外に人の心の機微には敏感らしい。
「そういえば、先代の頼みには対価を求めていたという事は、先代は平民だったのか?」
「いいえ。貴族出身だったんだけど、身分は捨てたと言って家名を名乗ってなかったの。まぁ、一貴族と仮にも王族だから、ある程度の対応の違いは仕方ないけど、完全になめられていたわね。偏屈な人だったから、相手の態度とか全然気にしないというか、興味がなかったというか……」
「なるほど。研究にしか興味がないというのは聞いたが、かなりの変わり者だったんだな」
「否定はしないわ」
そう言ってアリアは歩きながら肩を竦めた。
「変わり者に変わり者って言われるんだから、その先代って相当な変わり者だったんだろうな~」
「誰もが認める……って、まさかあたしの事も変わり者って言った!?」
「え? 自覚ねぇの?」
後ろを歩くシモンを勢いよく振り返って睨みつけているが、シモンはどうして睨まれるのかわからないと言わんばかりに首を傾げる。
本人は思った事を言っただけで、悪気はないのかもしれないが、今のは睨まれても仕方ないぞ。
他の部下達も呆れた目を向けている。
「ちょっと! あの人あなたの部下なんでしょ!? 躾がなってないわよ!」
「俺が今の騎士団に入団した時にはあの性格だったから、俺に言われてもどうしようもないな」
「シモンは思った事は全部口から出ちゃうもんね」
「ジェスまで酷くねぇ!?」
ジェスにまでクスクスと笑いながら言われて、むくれるシモン。
だが言われて当然だぞ。
「酷くないよ? だからボクはシモンが好きなんだもん」
「ジェス……!」
「あまり騒ぐな。ここにも魔物は出ると言っていただろう。俺達は生息区域もわかっていないんだぞ」
森に入って十分ほど進むと甘い香りが漂ってきた。
赤いというか、赤黒いというか、さくらんぼや無花果、ザクロや棗などが群生していた。
「うっひょ~! なんだここ! 食い放題じゃねぇか!」
「ちょっとシモン! 今騒ぐなって言われたばっかりでしょ! 気持ちはわかるけどさぁ」
森に入る許可をもらっているという事は、ある程度収穫しても許されるだろうが、シモンの様子から乱獲しそうで心配になる。
魔物は肉食だからこそ、こんなに美味しそうな果実が鈴なりになっていても果実に被害はないようだ。
その無傷な果実達が俺の部下達により蹂躙されていく。
「お前達、ここがエルドラシア王家所有の森という事を忘れるなよ」
「んんん! ぺっ。このさくらんぼって見た事あるけど食べた事なかったんだよな! 中に種があるぜ!」
「これどうやって収穫するんだろ。引っ張ればいいのかなぁ。うわっ、何か白い液体出てきた!」
「あっ、アルノー、その白い樹液はかぶれるかもしれないので気を付けてくださいね。無花果は乾燥したものはラフィオスの王都でも売ってますけど、採れたては僕も初めてです。甘い香りがしますねぇ」
「えっ!? それが無花果なのか!? 王都で売ってるのと全然違うじゃねぇか!」
こいつら……、珍しい果物に夢中で全然人の話を聞いてない……。
確かにここにある果物はラフィオス王国では高級品だが、それにしてもはしゃぎすぎだろう。
シモンも食べた事のない物をためらいなく口に入れるのはどうかと思うぞ。
「貴様ら! いい加減にしろ! ここには何をしに来たと思っているんだ!!」
「「「「はいっ!」」」」
部下達のいい返事の後、周りが静かな事に気付いた。
ジェスが俺の袖を引っ張り、指をさす方向を見ると、地面にしゃがみ込んでいるアリアが視界に入った。