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17.

「美味いなぁ、香辛料代出した甲斐があるってもんだ。しかもその事言い出したのが団長ってんだから信じられねぇよなぁ」



 弁当に入っていたサーモンパイに噛り付きながらシモンの言葉に、他の者も同意とばかりに頷いている。

 今は遺跡の入り口にある階段に座ってのランチタイム中だ。

 この辺境伯領に海はないが、川はあるので秋になると鮭が獲れるため、サーモンパイはこの辺りの名物料理なのだ。



 これまでは素材を活かしたというか、ぼやけた味の料理だと思っていたが、今回のサーモンパイは塩気が効いていてパイ生地からも芳醇(ほうじゅん)なバターの香りが漂う絶品料理に変身していた。

 これも香辛料代に余裕ができたからと、その分の予算をバターやオリーブオイルなどに回せるようになったおかげだろう。



「ジュスタン団長の魔法鞄(マジックバッグ)に入れてもらったおかげで、温かい状態で食べられるっていうのもありがたいですよね。太陽が当たってるから暖かいけど、風は冷たいから身体の中から温まるのは幸せですねぇ」



 従騎士(スクワイア)のマリウスがひよこ豆のフリッターをサクサクと音を立てて頬張りながら、太陽に顔を向けた。

 お前ら何しにここに来たか忘れたのかと言いたくなるくらい、部下達はのんびりと食事をしている。



 この後の事を考えて胃が痛くなりそうなのは俺だけだ。

 クソッ、記憶を取り戻す前の俺なら、こんなに気に病む事もなかっただろうに。

 今だけは以前の(ジュスタン)に戻りたい。



「食べ終わったら領都へ戻るぞ。馬車も馬もないから戻るのに一時間はかかるだろう」



「そうだった……、ここから宿舎に連絡できるような魔導具とかあればいいのに~」



 普段の交通手段が馬なせいで、アルノ―が文句を言い始めた。



「確かに魔導具とまではいかなくても、ロケット花火……、いや、発煙筒の煙の色を変えて意味を持たせれば迎えが必要な時とか使えるな……。でも狼煙代わりになるものってあるか? 本物の狼の(フン)を使ったら臭そうだから持ち歩くのも、使うのも嫌だろうし、魔導具で作ったら高くなるよな……」



 ブツブツ言いながら通信手段を考えていたら、視線を感じたので顔を上げると、部下達が俺に注目していた。



「なんだ?」



「いや……、団長がなんか難しい事言い始めたなぁって思ってよ……。聞いた事ない言葉がいくつか出てきたけど、貴族って色々難しい事もいっぱい知ってるんだなぁって改めて感心してた」



 シモンが食べ終わった弁当箱を俺に渡しながらそう言ったが、この中で一番脳筋なシモンと同レベルと思われたくないのか、他の部下達は弁当を食べたり視線を泳がせている。



「ま、まぁ、平民だと立ち入れる図書館も限られているしな。お前(シモン)の頭では王立学院に入れんだろう」



 十二歳から十六歳までの貴族の子女が通う王立学院は、一握りの優秀な平民は通う事ができる。

 当然俺も副団長のオレールも過去に通ったが、他の団員は剣技が素晴らしくても素行で確実に落とされるはずだ。

 


「ひでぇ……、けど間違いねぇな」



「プハッ、あははは! シモンのいいところは己をわかっているところだよねぇ!」



 アルノ―が笑い出すと、他の奴らも笑い出した。

 ここに到着した時の緊張感はもう欠片も残っておらず、むしろみんな楽しそうだ。

 ただ、食事が済んで森を出る頃には、気が抜けすぎてグダグダになったので一喝したが。



 そして領都の宿舎に戻ると、部下達を宿舎に置いてオレール達への報告をまかせ、俺は領主邸へとやってきた。

 ああ……、気が重い。

 言いがかりをつけられないか心配だ。



 玄関のドアノッカーを鳴らすと、家令が顔を出した。

 辺境伯は執務室にいるというので、案内してもらう。

 その間も家令は怪訝な表情を隠そうともしないので、もしかしたら任務放棄して帰って来たと思われているのかもしれない。



「旦那様、ヴァンディエール騎士団長がいらっしゃいました」



『何ッ!? ……通せ』



 辺境伯の返事でドアを開ける家令にバレないように、こっそりと深呼吸をする。

 急に来たせいで今回は辺境騎士団の護衛はいなかった。



「スタンピード対策のために森に行ったんじゃなかったのか?」



 冷ややかな視線と共に、そんな言葉を投げつけられた。

 だがまぁ、気持ちはわかる。



「スタンピードはもう起こりません。部下の手柄で邪神の欠片を破壊する事に成功しました」



「は……!? まだスタンピードは起こっていなかっただろう!?」



 驚きのあまり、辺境伯が勢いよく立ち上がった。

 うんうん、そう思うよな。



「偶然、としか言いようがありませんが、状況から邪神の欠片を破壊したとしか思えないのです。邪神の欠片と思われる石を持参しましたので、神殿から高位神官を呼んで確認してもらった方がよいかと。これがそうであれば、今後このタレーラン辺境伯領がスタンピードに悩まされる事はないでしょうから」



 腰についている魔法鞄(マジックバッグ)にそっと手で触れると、辺境伯はゴクリと唾を飲んだ。

 この結果いかんによっては、今後の領地の安全と繁栄が左右されるのだから当然だろう。



「ギレム、すぐに神殿に使いを送り、邪神の欠片の判定のために高位神官を呼べ」



「かしこまりました」



 家令は少し上ずった声で返事をすると、俺を置いて執務室から出て行った。

 もしかして高位神官が到着するまで、辺境伯と二人っきりで待つの……?


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