169.
翌朝、王都の観光をしようと思っていた俺の元に一人の魔導師が訪ねて来た。
話を聞くと、昨日魔塔主のフレデリクが魔導具の話で盛り上がった時に言っていた、このエルドラシア王国の王都で取り扱っている魔導具の店への案内役として来たらしい。
てっきり社交辞令だと思っていたのに、律儀にも約束を守ってくれたようだ。
「はじめまして、ヴァンディエール様ですね? 魔塔主からお聞きでしょうが、案内をさせていただく魔導師のカールと申します。カールとお呼びください、よろしくお願いいたします」
「ジュスタン・ド・ヴァンディエールだ。こちらこそ、よろしく頼む」
差し出された手に応え、握手を交わす。
すれ違った迎賓館の使用人達がカールの着ているローブを見ると、少し驚いたような顔をしていたのはなぜだろう。
カールは自分の乗って来た馬車で、俺を街中へと連れ出した。
「この通りは王都で最も大きな通りなのですが、魔導具店はここから少し離れた場所にあるんですよ」
「なぜだ? 王国を代表する事業なら、大通りにあると思うのだが」
「ですよねぇ。それが先代の魔塔主のこだわりといいましょうか、苦労してでも手に入れたいという情熱のある人に使ってほしいと言って、大通りの店には絶対自分の作った魔導具を提供しなかったそうです。変わった方でしたが、とても優しくてみんなに好かれていたんですけどねぇ……」
そう言ってカールは寂しそうに微笑んだ。
どうやら先代魔塔主は随分と好かれていたらしい。
まぁ、素質があったからとはいえ、見ず知らずの子供を引き取るくらいの人物らしいからな。
「ぜひとも本人に会ってみたかった。俺は魔導具を作る才能はないが、色々と魔導具について聞かせてもらいたいと思っていたんだがな……、すでに亡くなられていたとは。残念だ」
「きっと先代が生きていたら、ヴァンディエール様の邪神討伐のお話を聞きたがったでしょうね。新しい魔導具の開発を思いつくかもしれないとか言って……。今の魔塔主は落ち着いた方ですが、先代は魔導具に関してはまるで子供のように夢中になる方でしたから。あぁ、見えてきました」
到着した建物は銀行だと言われたら信じそうな重厚な造りで、防犯のためなのか建物の大きさの割に入口が小さい。
馬車を降りて中に入ると、見慣れた魔導具がずらりと並んでいた。
「ここは平民でも手が出しやすい、いわゆる型落ちの魔導具です。国外にある魔導具はほとんどここにある物でしょう。二階は国内でも裕福な商人や下位貴族が買う、ひとつ前の魔導具があります。今回は三階の最新魔導具の展示してあるところに向かいますね」
店員はカールを知っているようで、丁寧に頭を下げると奥へと通してくれた。
誘導されるまま階段を上って行くと、足を運ぶ価値があると思わせるだけの魔導具が並ぶ三階に到着する。
冷蔵庫のサイズも色々ある上、扉の数が違う物もある。灯りの魔導具ひとつ取っても当然見た事のない最新版が並んでいて、我ながら浮かれていると自覚するほどだ。
「ふふっ、ヴァンディエール様は魔導具がお好きなんですね。本来であれば国外の方には三階の商品は売れないのですが、今回は特別に魔塔主から許可で出ておりますのでお買い求めいただけますよ」
「それはありがたい。一階にある物との違いを説明してもらえるだろうか」
「ええ、もちろん」
それからは家電量販店の店員の如く説明上手なカールの話術で、全部欲しいと言いそうになった。
だが、最新版の魔導具はそれはもう値段が高い。
初めて胡椒を買った時のように二度見したくらいだ。
これまで溜め込んだ俸禄やら褒賞やらで貯金はかなりある。
しかし今買ってしまうと手持ちが底をついて、一度ラフィオス王国に戻らなければならなくなる。
それはあまりにも間抜け過ぎるだろう。
「ひと月後の結婚式の後は、単独で他の国へ向かうつもりなんだ。今ほしい物を全て買いたいところだが、それはラフィオス王国に帰る時にしよう。できれば野営なんかで使える魔導具はないだろうか」
「いい物がありますよ! こちらにある最新の結界魔導具! 気配遮断と隠蔽も発動しますので、一人で野営する時に見張りいらずなんです! 万が一魔物の群れが現れても防御結界で入れませんし、何かにぶつかったと思うだけでそのまま通り過ぎて行くから安心ですよ。金貨三枚のところ、魔塔主からの紹介という事で金貨二枚で!」
大体日本円で三百万円が二百万円か……かなりお得だ。値段は高いが、野営で見張りが必要ないのはとてもありがたい。
この魔導具なら、テントが破損する率もかなり減るしな。
「よし、買った!」
「ありがとうございます。ちなみにこちらは……」
その後もカールの素晴らしいセールストークにより、更に金貨が飛んだ。
だが後悔はしない。
サーチライト並みの灯りの魔導具だぞ!? 買うだろ!!
しかも範囲を絞ったりもできると来た。これから山や森を歩くだろうから、活躍する事間違いない。
俺もカールもホクホク顔で店を出て、迎賓館に戻るために再び馬車で移動を始めた。
途中で見覚えのある古ぼけた三角帽子が視界に入る。
なにやら屋台の主と言い争っているようだ。
「カール、あそこにいるのは魔塔の者じゃないか?」
窓越しに指を差すと、カールが馬車を止めるように御者に告げた。
「馬車を止めてくれ! 申し訳ありません。問題が起きているようなので行ってまいります」
慌てて馬車を降りたカールの後を追って、俺も馬車を降りた。
本日コミカライズ更新日です(*^▽^*)