168.
エルドラシア王国の宴、それは俺達の知っている夜会とは別物だった。
例えるなら千夜一夜物語に出てきそうな、賓客は座ってダンサーの踊りや音楽を楽しむタイプだ。
豪華な絨毯上に背もたれになる物が置かれ、細工が施された小さめの丸テーブルに果物や料理が並んでいる。
魔導具とか同じ物を使っているから、ここまで文化が違うとは思わなかった。
けれど、確かに地球でも質は違うものの、同じような電化製品を使っていても文化は全く違ったりするから当然なのかもしれない。
連れて来た侍女達は立っていればいいが、クラリスはそうもいかないだろう。
椅子以外に座った事があるのだろうかと心配になっていたが、意外にも楽しそうな笑みを浮かべている。
「まぁ、家庭教師に習いましたが、本当にエルドラシア王国では床に座るのですね」
「あら、文化の違う姫には耐えがたい事でした?」
チクリと嫌味で刺したのは、エルドラシア王の側室の一人。
だが、クラリスはにっこりと微笑み返した。
「いいえ、とんでもありませんわ。家庭教師に見つかると叱られましたが、木陰に座って本を読むのが好きなんです。だからお茶やお菓子を準備して、こうして座ってよく過ごしていました」
クラリスはそう言うと、ふわりとドレスを広げて絨毯の上に座った。
婚約者であるフェリクスはそんな様子を、頬を染めながら見つめている。
お互い好印象を抱いているようで何よりだ。
「ははは、そうか! 案外クラリス王女はこちらに早く馴染みそうだな!」
エルドラシア王は豪快に笑うと、手を振って失言をした側室を下がらせた。
めちゃくちゃ悔しそうな顔していたが、後で逆恨みでクラリスに嫌がらせなんてしないだろうな。
「へぇ、やるなぁ、クラリス王女。しっかり王様の血を引いてるって感じだよねぇ」
アルノーが仲間内にだけ聞こえるように囁いた。
「ここからは余計な事を言わないように気をつけろ。俺とは席が離れるから余計にな。アルノー、俺がいない時はお前がお目付け役なんだから、頼んだぞ」
「はぁい」
身分の関係上、俺は王族の二人や外交官の大臣達の次の席になる。
第一騎士団の団員は貴族ではあるが、貴族の子であって自分が爵位を持っている者は少ない。
親が複数の爵位を持っていればその内譲ってもらえるかもしれないが、俺はすでに伯爵位のため、若さと見た目重視で選ばれた今回の第一のメンバーはほぼ俺より身分が下なのだ。
「ヴァンディエール団長様とキュスティーヌ副団長様はこちらのお席へどうぞ」
キュスティーヌ副団長は俺と同じ伯爵位を持っているから同じ席のようだ。
へそ出しの案内係の女性に第一の副団長……キュスティーヌ副団長は目のやり場に困りながらまごついている。
俺が胡坐をかいて座ると、キュスティーヌ副団長も俺のまねをするようにソロリと座った。
身分の順にエルドラシア王国側と、ラフィオス王国側の人間が交互に座っているのは、恐らく交流を図るためだろう。
さっき案内係だった騎士……正確には騎士という身分がなく、近衛部隊の兵士というらしいが、その彼が俺達と他の騎士達の間に座った。
俺達と大臣達の間には出迎えや謁見の間で見た大臣数人と魔塔主。
大臣達は覚えきれていないが、魔塔主は格好ですぐにわかる。
宴が始まり、俺達にも酒が振舞われるが、第一の騎士達で今日の護衛当番だとお預けだ。
「ほぅ、ヴァンディエール卿は魔導具に興味がおありで?」
「そうですね。自室にもいくつかありますが、各魔導具に追加してほしい機能があるので、それがこちらではすでに作られているのか……とても気になりますね」
「私としては追加してほしい機能というものに興味がありますね。ぜひ一度詳しく聞かせていただきたい」
豊満な身体の女性達がお酌をするせいか、会場内は酔っ払いだらけになっている。
そんな中でも、俺と魔塔主はマイペースに飲みながら会話に花を咲かせていた。
魔塔主であるフレデリクは現在四十一歳で、先代が生きていた時は副魔塔主をしていたそうだ。
しかし、不意にフレデリクの表情が曇った。
視線を追うと、会場の片隅にフレデリクと同じデザインのローブに、不格好な古い三角帽子をかぶった十歳くらいの女の子がコソコソと柱の陰を移動している。
見ていると、いきなり気配が希薄になった。恐らく隠蔽魔法だろう。
あの年齢で隠蔽魔法が使えるなんて、すごい事だよな?
何をするのかと見守っていると、舞台を挟んだ向こう側の大臣達の隙間から手を伸ばし、そっと果物を取っていった。
「フレデリク殿、彼女は魔塔の所属ですか? 向こうの大臣殿は全く気付いていないし、あの年齢で隠蔽魔法を使いこなすなんて天才ですね」
「気付かれましたか……。いやはや、彼女は先代魔塔主の弟子でして、才能だけはあるのですが、いかんせん先代が亡くなってからは諫める者がいないせいで調子に乗って困っています。クラリス王女と同じ十四歳というのに、これほどまでに違うとは……」
「十四歳!? てっきり十歳くらいかと……おっと、失礼」
途中、妙に引っかかる物言いをしたが、それよりもあの少女の年齢に驚いてその事は吹っ飛んでしまった。
「あの子は六歳で魔力暴走を起こして家族に捨てられ、凍死しかけていたところを先代が魔法の素質を見抜いて引き取ったのです。あの子……アリアというのですが、アリアも先代もいわゆる専門バカというやつでして……。二人して食事への関心も薄く、栄養など考えずに与えていたようであのありさまなのです」
つまり栄養が足りずに成長不良というわけか。
フレデリクは優しそうに見えるが、アリアという少女の事といい何か引っかかる。
クラリスには幸せに暮らしてほしいし、少しばかりこの国の内情を調べてみるか。
そんな事を計画しながら、俺は笑顔で酒を飲みほした。