164.
「暇だ~……。海しか見えねぇしよぉ」
甲板の手すりに顎を乗せて海を眺めているシモン。
ラフィオス王国からエルドラシア王国まで船で七日から十日と聞いている。
この三日のタイムラグは潮の流れや風向きによって変わるとの事。
三日目の今は小さな島も見えず、そのせいか鳥すらいない。
「たまに魚も見えるじゃないか。ほら船の横を飛んでいるだろう?」
「へっ!? あれ鳥じゃねぇの!?」
俺が指差したのはトビウオのように船の横で水面ギリギリを滑空している魚。
学院の授業で習った事のある、正確には魔物だ。
「ははは、騎士様、あれは痺れトビウオという魔物ですよ。船みたいに丈夫な物は平気ですが、水面で休んでいる鳥なんかをあの羽根みたいなヒレで斬り付けて、痺れさせてから捕食する肉食なので気を付けてくださいね」
「ひぇぇ、やっぱり海も油断できねぇなぁ。なんで魚のくせに飛んでんだよ!」
通りすがりの船員がシモンの呟きを拾って教えてくれた。
「さすがに俺達も海に落ちたらまともに戦闘できるかどうか怪しいから落ちるなよ。夏であれば国を出る前に訓練もできただろうが、さすがにまだ水に入るには厳しい季節だから断念せざるを得なかった」
「うひぃ……まだ春で助かったぜ。日帰りできる水辺って、船で通ってきたあの海と変わらない河しかないだろ!? 上流のちょうどいい深さのとこまで行ってたら日帰りは無理だしよ。さぁて、ここにいても何もないんだからさ、訓練場で時間潰そうぜ」
「いいね、行こうか。団長はどうする?」
シモンの提案にアルノーが同意した。どうやらガスパールとマリウスも行くらしい。
この船の階層は五階層となっている、その内の上から三階層目に厩舎や騎士の訓練場があるのだ。
岸から直接厩舎に馬を連れて行けるように扉が付いていて、つまりは水に沈まない高さのために窓もある。
「そうだな、昼食前に運動するか」
俺達第三騎士団……というより、ジュスタン隊は魔物が出た時の要員であって、普段から護衛としての仕事はない。
つまりは暇なのだ。
幸い第一騎士団が交代勤務のおかげで手合わせ相手はたくさんいる。
俺達が訓練場に入った途端に、一斉にその場にいた騎士達の視線が集まった。
やはり平民である部下達が貴族の中に入るのは気に入らないのだろうか。
「シモンだったな! 私と手合わせをしてくれ!」
「それではアルノー、貴殿は私と」
予想に反して部下達が次々と第一の騎士達に手合わせを申し込まれている。
王都の小規模スタンピードの件以降、見る目が変わったのは知っていたが、予想以上だ。
しかし……、ちょっと待て、全員連れて行かれると俺の相手がいなくなるじゃないか。
第一の中で俺と手合わせできるレベルの奴なんて……。
「ヴァンディエール、私と手合わせ願おう」
そう申し出てきたのはエルネストだった。
まぁそうだろうな、他の者では俺の相手にはならないし。
「では、あちらでお相手しましょう」
騎士団に所属してから、随分と訓練を頑張っていると聞いた。
木剣がぶつかり合う音の隙間を縫って、人が少ない位置に移動する。
向かい合い、木剣を構えるとお互い笑みが浮かんだ。
「ヴァンディエールと手合わせするのは久しぶりだな。学院の騎士科の授業以来か」
「そうですね、この数年でどれだけ腕が上がったか見せてもらいましょう」
「ああ、存分に見てくれ。いくぞ! ハッ!」
気合の入った声と共に、エルネストが踏み出した。
相変わらず真っ直ぐな剣、そう思った瞬間フェイントからの薙ぎ払いが左から襲う。
カンッ!
意外ではあったが、難なく弾き返すとエルネストはすぐに距離を取った。
視線を脇腹へ向けながら、肩から袈裟懸けに振りかぶる。
まるでお手本のようなフェイントのかけ方に思わず苦笑いしてしまった。
「まだ考えながらフェイントをかけてます……ね! 視線を特定の場所に固定するのではなく、全体を見るようにした方がいいですよ」
袈裟懸けの攻撃を受け止めると、連続で打ち込んできた。
数回受け止め、途中まで同じ動きでそのまま脱力したかのように受け流すと、エルネストはつんのめってたたらを踏んだ。
その隙に首の後ろに軽く木剣を当てて俺の勝ち。
「これでも必死に鍛錬したつもりだが、以前より差が開いている事しかわからなかったな……」
「しかし腕は上がっていますよ。学生の頃に比べたら……ですけどね」
「ふっ、手厳しいな。それより……、今の私は王子ではあるが騎士でもある。ヴァンディエールは所属の団が違うとはいえ騎士団長なのだから、敬語で話さなくてもいいぞ。まぁ、王子として公式の場にいる時はさすがにダメだが」
エルネストがデレた。
以前の俺の慇懃無礼な態度や、時々敬語を使ってなかった事に対してあれだけ憎々し気に睨みつけていたというのに。
まさか以前の俺の態度が邪神の手下に誘導されていたせいだったとか思ってないよな?
そいういう事を言っていたと、チラッと聞いたような気がする。
恐らく神官長や自分がそうだったと思っているからだろう。
だが、俺の場合は完全に逆恨みというか、性格が歪んでいたからなので、そう思われているせいなのだとしたらなんだか後ろめたい。
だがまぁ、本当の事を伝えてあえて波風を立てるのもな。
俺は笑顔でエルネストの提案を受け入れた。
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