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156.

「今夜は俺のテントにジェスを寝かすからな。こんなに酒臭くてはジェスが可哀想だ」



「ははは、あと少ししたらジェスも酒の味がわかるようになるんだがなぁ。今はジュスタンで我慢してやる」



 古竜からしたら十年だろうと百年だろうとあと少しなんだろうな。



「はいはい。ほら、テントに到着したぞ」



 ジェスはまだジャンヌと一緒にいると言ったので、今は俺と黒の二人だけだ。

 騒ぎを起こしたら強制的にテントに放り込むと言ったのが効いているのか、部下達はほどほどに楽しんでいるようで、まだ誰も戻ってきていない。



 黒を支えながら靴を脱がせ、テントの中の寝袋に転がす。

 衣服や靴は魔力を編んで作られていると聞いたが、脱がせた途端に霧散してしまった。

 どうやら本体から離れると、他の魔法と一緒で消えてしまうようだ。



 テント越しに届く魔導具の明かりで、うっすらと黒の緩んだ顔が見える。

 これだけ酔っ払っていたら、明日には記憶が飛んでいるんじゃないだろうか。

 転がっている黒の横に腰を下ろした。



「…………なぁ。一度だけ直輝って言ってみてくれないか?」



「んぁ? ナオキ? なんだそれは?」



 こちらの世界にはない名前に、名前とすら思われなかったようだ。

 父親そっくりの声で紡がれた前世の名前に、少しだけ欲が出た。



「ちょっとしたおまじないだと思ってくれ。最後に……直輝、よく頑張ったな……って言ってくれるか?」



 声が震えそうになる。

 言った直後に後悔が襲ってきた。



「むにゃ……? よくわからんが……、ナオキ、よく頑張ったな~! ん? お前はジュスタンだよな? ……まぁいいか」



 少し身体を起こして俺の頭を乱暴に撫でながら言ったが、直後に首をかしげた。



「だからちょっとしたおまじないだ。おやすみ」



「あ~、おやすみ」



 黒は再び寝転がると、すぐに寝息を立て始めた。

 酔っ払っている上、半分寝ぼけていたみたいだし、きっと明日には忘れているはず。

 ずっと長男だからと気を張っていた前世の自分が欲しかった言葉。

 涙が落ちる前にテントの外に出た。



「父さん……。俺、頑張ったよね?」



 前世を思い出した直後、亡くなった父親にそう問いかけたかったが、色々あってそれどころではなかった。

 ほんの少しだけ、今だけ直輝に戻って過去を振り返る。

 父さんじゃないとわかってはいるが、さきほどの黒の声と言葉を噛み締めながら、そっと自分の頭に触れると笑みがこぼれた。



 今度こそ直輝だった前世に未練がなくなったと思う。

 これまでは未練がないというより、諦めの方が強かったからな。

 口には出さないが黒に感謝しつつ、そろそろ満足したであろうジェスを迎えに町の中へと戻った。



「主殿、黒は寝たか?」



 まだまだ寝る気のない部下達の間を縫って声をかけてきたのはジャンヌ。



「ああ、テントに転がしてきたからな。気持ち良さそうに寝ているぞ」



「ふふ、では妾もそろそろ宿に戻るとしようかの。ジェスもさっきまではしゃいでおったが、もう眠そうにしておった。シモンと一緒にあちらにおるぞ」



 ジャンヌの視線を追うと、シモンに肩車をされた状態で目をこすっているジェスがいた。



「あのバカ! 酔っぱらった状態でジェスを肩車しているのか!? バランスを崩して倒れたらジェスが怪我するだろう!」



「そう心配せずともジェスなら問題なかろう。妾はもう行くから任せる」



「ああ!」



 俺も酒が入ってるから多少酔ってはいるものの、シモンのように見るからに酔っ払いではない。

 大股でズカズカ近付くと、背後から肩車されているジェスをヒョイと抱き上げた。



「あ、ジュスタン」



「もう眠いだろう? そろそろテントに戻ろうな。それに、酔っ払ったシモンに乗っていたら危ないぞ」



「えへへ、だけど面白かったよ」



「そうか、それはよかったな」



 向かい合わせに抱っこしたままジェスの背中をトントンすると、首に抱き着いてもぞもぞと落ち着く位置で眠る態勢に入った。

 そしてジェスの肩越しにシモンを見ると、酔いが醒めた顔というより、青ざめている。

 恐らく俺の言いたい事がわかっているせいだろう。



 数秒間無言で見つめ合う状態になったが、あえて何も言わずにジェスを抱っこしたままエルネストに先に戻る事を伝え、第三騎士団のテントが並んでいる町の外へと向かった。

 ジェスを抱っこしている姿を見て、エルネストが妙に笑顔だったのが少々気になったが。



 ジェスの靴を脱がせると、黒の靴と同じく霧散した。

 広げてある寝袋の上に寝かせようとしたが、首に回された手が離れない。

 仕方なく一緒に寝転んでしばらく背中をトントンしていると、ゆるゆると手が離れていった。

 身体を起こそうとした時に足音が近づいて来たと思ったら、潜められた話し声も聞こえてきた。



『ちょっとシモン、どうして僕までこんなに早く戻らないといけないのさ』



『バッカ! お前のためにも言ってやったんだぞ!? さっきの団長の顔見たか!? あの表情が抜け落ちたような呆れた顔! 戻って来たら殺されるぞ!? アルノーも一緒にいたから同罪だからな! 団長がジェスを寝かしつけてる今の内にテントに入っちまえば安全だろ!?』



『え? さっきの肩車? それなら僕は関係ないよ。だって、僕が見た時にはシモンが肩車した後だったもんね。それじゃ、僕はもう少し飲んで来るね!』



『なん……っ、裏切り者っ!』



 遠ざかるアルノーの足音を聞きながら、テントから出るとシモンが俺に気付いて振り向いた。



「ヒッ! あ、あの、明日は出発までに訓練したいから、早起きするためにも早く寝なきゃな~。おやすみ団長!」



 それだけ言うと、シモンは風のように自分のテントへと走り去った。

 よし、明日はその訓練とやらに付き合ってやろう。

 お望み通り早朝(・・)からな。

 薄く笑みを浮かべ、俺は再びジェスの眠るテントへと戻った。

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