152.
大型の魔物と戦う時のフォーメーションは大体決まっているため、各小隊がいつものように散開した。
洞窟内の気温が下がり、ジャンヌやジェスは動きづらそうにしているというのに、邪神ドラゴンはまるで気温の影響はないようだ。
だが、第三の部下達もそういう意味では負けていない。
国を、ヘタすると世界をかけた戦いになるというのに、緊張よりも闘争心の方が上回っているのか笑みを浮かべている者が何人も見える。
聖女の能力で動きが制限されている邪神は、抵抗しようと翼や尻尾も必死に動かしているせいで、それがなかなか攻撃として脅威だ。
とはいえ、幸いにも国が支給してくれた聖水をかけた剣の攻撃は有効なようで、尻尾や身体を削ぎ落していく。
「うわっ、再生してるぞ!」
どうやら元があの黒い靄なせいか、斬っても再生するようだ。
しかし、再生するとはいえ、完全に元通りになるまでにはある程度時間がかかっている。
時々ジャンヌやジェスが人族ではありえない威力の火魔法で援護をしてくれるのがありがたい。
その火魔法のおかげで洞窟内の気温も徐々に元通りになってきた。
「再生が終わる前に全て削ぎ落とせ! さっき見た本体にブチ当たるまでな!」
ひるんでいる部下達を一喝し、俺も本体を探して身体を斬ってその体積を減らしていく。
斬った場所は霧散して消えるが、ジワジワと元の大きさに戻ろうと盛り上がってくるのだ。
攻撃している者達の剣が段々弾かれるようになってきた事により、聖水の効果が切れかけているとわかった。
「そろそろ聖水の効果が切れるぞ! 交代でかけ直せ!」
さっきのようなブレスはないものの、ところどころ触手のように靄が伸びて来ては俺達を捕えようとしてくる。
恐らく捕まったら贄として取り込まれてしまうだろう。
一時間……いや、二時間ほど経っただろうか、邪神の大きさは二階建ての建物から小さな小屋ほどになってきた。
誰も邪神の贄にはなっていないものの、靄に触れてしまい恐慌状態になってどんどん脱落していく。
そのままにすると邪神に取り込まれてしまう危険があるため、無事な者が引きずって聖女達のいる場所まで退避させて正常に戻されている。
普段は平民と関わりたがらない第一の騎士達も、今ばかりはそんな事を言っていられないのか積極的に引きずられて来た第三の騎士達を受け取り、後方へと連れて行く。
そのおかげで仲間を運んでいた部下達はすぐに戦線へと復帰できている。
しかし部下達も段々と疲労が見え始めており、あと少しだというのに戦線に残っている部下は半分以下だ。
その時、後方からエルネスト達第一騎士団が加勢に来た。
「第三騎士団は下がって呼吸を整えろ! 聖水をかけなおせ!」
エルネストも最前線で的確な指示を出しながら邪神を削っていく。
恐らく王城の宝物庫から持ち出した聖剣だろう、俺達とは一撃の威力が違う。
《おのれ……おのれおのれおのれぇぇぇぇぇ!! こんなはずでは……こんなにも簡単に……!》
憎悪をたっぷり含んだ声が響く。
エルネストはその間にも容赦なく邪神に攻撃をしていたが、黒い靄がどろりと溶けるように消え、最初の目を閉じた少女姿の邪神が姿を現した。
不気味さからか、それとも邪神とはいえ少女の姿をしているからかエルネストの攻撃の手が止まった。
目を閉じていれば見た目だけはただの美少女だ。
だが、その時聖女が悲鳴のような声をあげた。
「ダメ……!! 何かしようとしてます!! 早くとどめを!!」
普段なら真っ先に攻撃を待つように言いそうだが、見た目に惑わされないくらいのヤバさを感じ取っているという事か。
ゆっくりと邪神の目が開かれる。
同時に恐怖に駆られたようにエルネストが斬撃を繰り出した。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
あっさりと首が斬り落とされ、その首はゴロゴロと転がり俺の足元へと転がってきた。
体の方は切られた首から再び黒い靄が出てきて魔法や剣での集中攻撃で段々とその姿が小さくなっていく。
だが俺の足元にある頭部の見開かれた黒闇の目は、真っ直ぐに俺を見据えていた。
《何が運命だ……! なぜお前達のように理から外れた者がいるのだ! 我も! このような……さい……ご……》
体と同時にこちらの頭部も破壊した方がいいだろう。
目からあふれる黒い靄が、まるで涙のように流れ出ている。
俺はたっぷりと聖水のかけられた剣を逆手に持って振り上げた。
「女神に文句を言って、今度は戦いとは無縁の人生に生まれ変わらせてもらうんだな」
もしかしたら邪神も邪神として生まれたかったわけじゃないかもしれない。
ほんの少しの憐みの気持ちが俺の口を動かした。
眉間に振り下ろした剣が刺さると、頭部は黒い靄となって霧散したが、最後の瞬間笑ったように見えた。
そう見えたのは、ただの俺の願望だったかもしれないが、邪神は役目を終えて生まれ変われるのかもしれない。
もう体力も魔力も使い果たしてフラフラだ。
この場にいる全員が同じ状態と言っていいだろう。
どうやら戦闘の余波は聖女達のところまで及んでいたらしく、振り返るとオレールもボロボロになっていた。
聖女はオレールと見つめ合うと一度頷き、再び手を組むとなにやら呪文を唱えた。
洞窟内に広がる聖なる光。
浄化と癒しの効果がある聖女だけの能力だ。
光が収まった時には俺達の傷は治り、辺りの黒い靄の影響も全て消えていた。
小説だとこのまま王都に凱旋して、聖女とエルネストが結婚してハッピーエンド……だったのだが。
今は小説とはかなり状況が違うからどうなる事やら。
邪神討伐の証である邪神の魔石を拾うエルネストを見ながら、俺も部下も命を落としていない事に喜びをかみ締めた。
投稿したつもりが投稿されていなかったので、明日も一話更新します!