150.
ゴゴゴゴゴゴ!
「うわわわっ! だ、団長、この揺れやべぇんじゃねぇの!?」
洞穴全体が振動し始め、地震を体験した事のないシモンが情けない声を出した。
「振動はしているが、幸い地盤が固いのか上から石が落ちて来たり崩れそうな前兆はないから、生き埋めになる事はないだろう。だがこの通路から出るのはやめておいた方がよさそうだ」
「団長が冷静で頼もしいぜ! 今は命令されてもあっちには行かねぇ! ドラゴンブレスに巻き込まれたくねぇし!」
正直冷静というわけでもないが、今回のように震度五程度の揺れなら前世で何度か経験がある。
それに本当に危険であれば、従魔契約しているジャンヌとジェスが俺を放置したままにはしないと思う。
不意に振動が収まったと思うと、蒸発した地底湖の蒸気で視界が悪い中にジェスの父親と思われる黒い大きな影が見えた。
「揺れが収まった……、助かった~」
シモンは安心しているようだが、俺としては全く安心できていない。
これでジェスの父親が邪神に洗脳されていて、ジャンヌと闘い始めたら今度こそ洞窟が崩れるだろう。
「おのれ……! こうなったら効率は悪くなるが、この場で殺して贄としてくれるわ!!」
トレントから触手のように木の根が飛び出し、ここからだと黒い塊にしか見えないジェスの父親へと伸びた。
『お父さん!!』
悲鳴のようなジェスの声と同時に大きな衝突音が響き渡る。
その衝撃でさきほどまで視界を遮っていた蒸気が吹っ飛び、ジェスと同じくらいの大きさの漆黒のドラゴンが見えた。
どうやらトレントの攻撃を受ける事はなく、むしろトレントが尻尾で潰された。
だが、さすが邪神の幹部と言うべきか、半分ひしゃげながらもよろよろと立ち上がる。
「お…のれぇぇぇっ! こうなったら……邪神様! この命を捧げます!」
そう叫ぶとトレントは自ら出した木の根で自分を刺した。
「ぐはっ! ク、クク……古竜と同じく数千年を生きたこの身……、これで邪神様も復活なされよう……ぐふっ」
それだけ言うと、トレントは腐った木くずのようにボロボロとその姿が崩れ落ちていく。
こんな展開小説ではなかったはず。邪神復活のシーンはどうだったっけ、何度も読んだんだから思い出せ、俺!
「団長! あっち! 崩れてる!」
シモンがジェス達のいる方を指差して騒ぎ出した。
言葉がカタコトになるほど慌てながら指差す先を見ると、洞窟の奥の彫刻だけがひとつずつ崩れ落ちている。
その様子に記憶が甦った。
「あの神々を模した彫刻が全て崩れたら邪神が復活する……!」
「えぇっ!?」
小説の中では封印の神々の彫刻が全て崩れ落ちると、禍々しくも妖艶な美女の姿の邪神が現れ、滅びを撒き散らすべく動き出した……とあったはず。
まるで見えない大きな手で彫刻を順番に握りつぶしているかのように崩れている。
「ジャンヌ! ジェス! もうすぐ邪神が復活するぞ!」
何やら話し合っているジャンヌ達に向かって叫ぶと、ジャンヌとジェスは呪文を唱えて人化した。
ジェスの父親はまだドラゴン姿のままで話を続けているようだ。
「ヴァンディエール! 無事か!?」
封印の彫刻が半分ほどになった頃、俺達が通ってきた通路からエルネスト達が到着した。
第一騎士団の後方にはオレールと聖女の姿も見える。
とりあえずこれで邪神に対抗する手段は揃ったと言えよう。内心胸を撫で下ろす。
「王太子! 邪神の幹部の殲滅完了しましたが、向こう側の彫刻が全て壊れると邪神が出て来ると思われます。あちらにいるドラゴンはジェスの父親なので敵ではないはず……です」
「どういう事だ? どこにドラゴンが……?」
「え……っ!?」
エルネストの言葉に振り向くと、そこに漆黒のドラゴンの姿はなく、人化したドラゴンの親子が並んでいた。
その姿に心臓がドキリと跳ねる。
あれは……前世の俺!? いや、もっと年上に見える……、それこそ直輝と陽向によく似た父親の姿と言った方がいいだろう。
「なんで……、テイムも従魔契約もしていないのに……」
「ヴァンディエール?」
「あ……。王太子、時間はありませんが、あちらの状況を確認してきます。いつ邪神が出て来てもおかしくないので聖女にも準備を促してください」
話している間にも彫刻はどんどんと崩れている。
俺は全速力でジェス達の元へと走った。
「ジャンヌ! ジェス! 大丈夫か!? あと……、そっちの……ジェスの父親のその姿はいったい……」
「あのねぇ、お母さんがお父さんにせっかく人化するならボクと親子に見えるように似せたらどうだって言ったの。どう? ボクとお父さん、人族の親子に見える?」
俺に抱きつきながらジェスが説明してくれた。
確かに俺と陽向は父親似だから、陽向に似せるという事は俺や父さんに似るという事だ。
「あ……、ああ。どこから見ても人族の親子にしか見えないな」
複雑な思いのままジェスの父親を見ると、笑顔を作ってはいるが、明らかに敵意を含んだ視線を向けられた。
妻子と従魔契約した人族なんて邪魔者以外の何者でもないだろうが、優しかった父さんと同じ顔でそんな目を向けられるのは結構……堪えるな。
「これ、黒よ、そのような目を主殿に向けるでないわ! ジェスも妾も望んで従魔契約をしておるのだ。今のそなたは戦力にならぬゆえ、あちらの人間達と一緒に待っておれ」
「…………わかった」
声を聞いて再びドキリとした。
骨格が似ているのであれば声も似るのは当然だが、それでも驚くほど父さんの声に似ていたのだ。
もう直接聞く事はないと思っていた父さんの声に。