148.
前世のテレビで観たアナコンダを彷彿とさせる筋肉質の太い蛇の下半身は、その見た目に反してとても素早い動きで、シモンは慌てて剣で弾きながら後退した。
「うわわっ、あっぶねぇ!」
「ククク、グリフォンの長を倒したとはいえ、あやつは我ら幹部の中で最弱……。お前達は仲間同士で殺し合うがいい!」
うわ~、お約束のセリフを生で聞いてしまった!
けど……、あれ? 幹部? 四天王じゃないのか? あっ、ジャンヌがこっちの陣営だから四天王にするには頭数がたりない!?
いや、それより今仲間同士で……って。
「う……、うぅ……っ、うおぉぉぉ!」
突然シモンがこちらに突進して来た。
そういえばラミアーといえば魅了魔法や精神魔法で操るのが定番だったな。
鞘に入ったままの剣で斬りかかってきたシモンの攻撃をいなす。
「うぅ~ん、なんか変……っ。あの変な石付けられた時みたいに……」
ジェスも魅了魔法をかけられたのか、頭を振って不快感を表している。
だが幸いシモンのように操られてはいないらしい。
「これ、ジェスよ、しっかりせぬか。その程度の魅了魔法にかかっているようではシモンと変わらぬぞ。ここに魔力を集中させて、あやつの魔力を弾き出すように意識してみるといい」
「うん! …………ッえい! できた!」
「おお、よくやった。さすが妾の子だの」
猛攻しているシモンをそっちのけで、ほのぼのとした親子のやりとりがされている。
シモンは理性を失っているらしく、普段より攻撃的ではあるものの動きが単調だ。
「ジャンヌ! シモンも……っ、なんとか……ならないか? 負ける事はない……が、面倒だ!」
正気を失った目で剣を振り回すシモンの腹に蹴りを入れると、普段なら転がっているはずが踏みとどまって再び向かって来た。
どうやら痛覚も麻痺させられているようだ。
「ふむ……、一時的に気を失う事になるやもしれぬが……」
そう言った途端にジャンヌからものすごい圧がかけられた。
殺気とは違うから、恐らく魔力なのだろう。
さっきジェスに講義していた内容からして、ラミアーの魔力を強制的に押し出したのかもしれない。
シモンは突然糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
余裕げに俺達の戦いを眺めていたラミアーも、魅了が解かれると思っていなかったのか、シモンが倒れた瞬間俺へと襲いかかる。
「おのれ……! なぜお前は魅了にかからない! この私直々にくびり殺してくれる!!」
え!? もしかして俺にも魅了魔法をかけていたのか?
なぜか俺にはかかっていないが、もしもシモンと二人してかかっていたら、きっと俺はシモンを殺していただろう。
倒れたままのシモンを巻き込まないように、距離を取ってラミアーを誘導する。
ジャンヌとジェスは俺を信頼しているのか、手助けする気は全くなさそうだ。
鞭のようにしなる蛇の尻尾部分はまるでゴムタイヤのような硬さで、こうも間合い無視の接近戦を強いられてしまうと切断もできない。
「クソ……ッ、いなすだけでも体力を削られるッ」
数秒だけでも尻尾をなんとかできれば、あの首を斬り落としてやれるのに!
せめてシモンが目を覚ませば連携できるが、倒れたままピクリとも動かない。
「やれやれ、手こずっておるようだの」
そう言ってジャンヌが手を動かすと、周辺の木から根が伸び、ラミアーを拘束した。
「く……っ、おのれ!! こんなもの!!」
華奢な上半身からは想像もつかない怪力なのだろう、ラミアーが抵抗すると胴体ほどの木の根がミシミシと音を立てて軋んでいる。
だが、その時にはすでに俺は木の根を踏み台に駆け抜け、長い髪ごとその首を斬り落としていた。
首はゴロゴロと転がり、シモンの目の前で止まった。
ちょっとしたいたずら心から、そのままシモンを踏みつけて揺り動かす。
「おい、シモン、起きろ。 ……シモン! 団長命令だ! 起きろ!!」
「はいっ! って、うわぁぁぁぁ!!」
目を覚まして視界に飛び込んできた、怒りで目を見開いたラミアーの生首に悲鳴を上げて後ずさるシモン。
その様子をドラゴンの親子はクスクスと笑って見ている。
ジェスに首を斬り落とすところなんて見せたくなかったが、どうやら血生臭い光景も平気なようだ。
「目が覚めたか? 気分は? どこまで覚えている?」
「え~っと、あの女の魔物が話していたら頭がボ~ッとしてきて……。そこから覚えてねぇや」
「シモンよ、そなたはラミアーの魅了にかけられたのよ。主殿は妾と従魔契約していたおかげで何の影響もなかったようだが……。ジェスは魔力量が拮抗していたようだの、来年であれば影響を受ける事もなかったであろう」
という事はジャンヌと従魔契約していなければ、俺も危険だったのか……。
内心冷や汗が止まらない。
「なるほど、魔力量が関係していたのか。だったらシモンが簡単に操られたのも納得がいく。もしも俺達だけじゃなく、騎士団がまとめて来ていたとしたらゾッとするな。気付いた時には仲間で殺し合いした後で精神的にも肉体的にも疲弊していただろう」
「ひぇ~、とんでもねぇ魔物だぜ。ラミアーって言ったっけ? こんなヤツがゴロゴロいたら大変な事になるんじゃねぇ?」
「さっき自分の事を幹部だと言っていたから、他にはいないはずだ。しかもラミアーが他の場所で目撃された例もないだろう?」
「確かに」
頷くと気味悪そうにラミアーの頭部を見ながら、剣を鞘に納めるシモン。
これで小説通りなら四天王……いや、幹部か。残りは一人のはず。
「さぁ、この先が本番と言っていいだろう。気を引き締めて行くぞ」
ジャンヌの探索魔法で地下へと向かう入り口へと向かった。