138.
「ここがリュカの使う部屋だ。荷物はどうせそれだけだろ?」
食後、俺の部屋の向かいに案内してヴァンディエール侯爵騎士団で支給されている背嚢と、大きな手荷物ひとつを見やってドアを開ける。
「ああ。あとは侯爵様が譲ってくれたキアラだけだな」
「キアラ!? もうとっくに引退していただろ! 『清浄』」
「おお、埃っぽさがなくなった、ありがとな! もう引退してるから譲ってくれたんだろ。現役の馬を譲ってくれるほど財政は潤ってないんじゃないか? 領民が苦労しないくらいには安定してるけど」
会話が次々に飛ぶが、二人の間では慣れたもので特に問題はない。
「きっと父上もキアラに人を乗せて走らせてやりたかったのかもしれないな。どうせ引退してから荷馬車ばかり曳いていたんだろう?」
「そうなんだよ、道中久々に一緒に走れて俺も楽しかったよ」
それに引退した馬は他にもいるから、種馬でもない限り餌代などかかる分、牝馬はある意味負債を抱えているようなものだからな。
「色々話したいところだが、移動で疲れただろうから明日にするか」
「ああ。それにあの子供……、噂のドラゴンだろ? な~んか俺にヤキモチ焼いてるみたいだったから、しっかり構ってやれよ、お・に・い・ちゃ・ん!」
最後にニヤニヤしながらリュカが言い放った言葉に耳を疑った。
「な……っ! どうしてそれを!? あいつらとは手合わせしてたんじゃなかったのか!?」
「いやぁ、最初にジュスタンに誘われて騎士団に入りに来たんだって言ったのに、誰も信じてくれなくてさ。ちゃんとジュスタンの事を知っているとわかってもらうために、ジュスタンのこれまでの経歴とか性格とか話したんだよ。そうしたら……ププッ、あいつらも色々教えてくれて……意気投合して手合わせしようぜってなったんだ。中隊長やってたのはなかなか信じてもらえなくて、ちょっとムキになったけどな」
てっきり最初から実力を見るために手合わせをしたと思っていたが、どうやら違ったらしい。
それにしてもあいつら……、余計な事を言いふらしてくれたな!!
「それで……それは誰に聞いたんだ? そいつの名前は? シモンか?」
すぐに部屋から出て行こうと思っていたが、それを聞くまでは立ち去れない。
リュカは俺が怒っている事を察して目を泳がせ始めた。
「え? いやぁ……、みんなの名前はまだ覚えてないからなぁ」
「ほぅ、名前は覚えていなくても、容姿は覚えているんじゃないのか?」
普段魔物を討伐するためにも、見た目や弱点はしっかり覚えるように訓練されているからな。
「その……、誰っていうか……。あの場にいたみんなが喜々として教えてくれたからなぁ、ははっ」
あ・い・つ・らぁ~!!
「そうか……、わかった。共同風呂は昼間以外は大抵使えるようになっているし、浴室の奥にあるシャワー室ならいつでも使える。一階に行かなくても団長室と副団長室にはシャワー室がついているから、サッパリしたら今日は早く休むといい。明日の訓練は少々きついかもしれんからな……ククク」
「わ、わかった……。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
数年ぶりに乳兄弟とおやすみの挨拶を交わし、向かいの自室へと戻った。
部屋に入るとジェスの姿が見えない。
いつもならソファに座って待っているのに。
「ジェス?」
灯りはついているから部屋の中にいるはず。
『寝室にいるよ』
久しぶりにジェスの念話の声が聞こえた。
どうしたのかと寝室に入ると、久しぶりに見る小型ドラゴン姿のジェスがベッドの上に。
「どうしたんだ? 最近ずっと人型だったのに」
『だって……』
「…………?」
続きを待ったがジェスは俯いたまま黙ってしまった。
「だってどうしたんだ?」
ベッドの淵に腰かけ、膝の上にジェスを乗せて頭を撫でると、俺の手に頭をすり寄せる。
なんだかこんな風にするのは久々だな、そう思っていたらジェスの念話が再び聞こえて来た。
『あのね、こっちの姿の方がジュスタンはボクの事いっぱい撫でてくれるでしょ? 今日の抱っこだって、すごく久しぶりだったし……。でもジュスタンは人型でいる方が嬉しいかと思って』
そういえばそうかもしれない。
十歳だと甘えるのは恥ずかしいかと思っていたが、もしかしてドラゴンは人族より寿命が長い分、精神的な成長が遅いのか?
今度ジャンヌに聞いてみよう。
「俺はどっちの姿のジェスも好きだぞ。人型だと他の奴らとも話せるからジェスも退屈しなくて済むと思っていたが、ジェスの楽な方の姿でいていいんだからな。背中にくっついていたければ、くっついていてもいいぞ」
『えへへっ、ジュスタン大好き!』
俺のお腹に抱き着いて頬ずりする姿に、頬がゆるんだ。
「俺もジェスが大好きだぞ」
抱きしめ返して腕の中にスッポリ入る赤ん坊のような大きさに、父性本能が刺激される気がした。
実際に抱いた事のある赤ん坊は弟達なんだが。
まだ甘えたそうなジェスの姿に、手早く夜着に着替えて寝支度を済ませる。
スッポリと頭から被るワンピースタイプなので、パジャマの形の夜着を注文しようと思っているが、なかなかタイミングがない。
ベッドに入るとジェスがすり寄って来た。
「おやすみ、ジェス。チュッ」
少し固い鱗の額にキスを落とす。
『おやすみ、ジュスタン。……あのリュカにもおやすみのキスしたの?』
「ごふぅっ! ゲホゲホッ、……そんなわけないだろう! おやすみのキスをするのはジェスだけだ」
『そっか……、へへ、そうなんだ……。ボクだけ…………』
「……ジェス? はは、もう寝たのか。いい夢見ろよ」
スヤスヤと心地よいジェスの寝息を聞いていたら、いつの間にか俺も睡魔に襲われていた。
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