136.
「やっぱりいないな……」
王城へ行った翌朝、夜遅くまで考えて一晩寝ても過去に俺が本気になった女性も、今の俺が惚れている女性も思いつかなかった。
「ん~……? 何がいないの?」
自室のキングサイズのベッドに一緒に寝ていたジェスが目をこすりながら身体を起こした。
「すまない、起こしたか?」
「ううん、何か空気が変だったから目が覚めたんだ」
「空気が変?」
嫌な予感しかしないが、確認しないともっと大変な事になるだろう。
「うん、あっちの方……。たぶんお母さんならもっとちゃんとわかると思う」
「そうか、だったら今日はジャンヌに会いに行こう。しばらく一緒にいたから、昨夜は離れてて寂しかったんじゃないか?」
「えっと……、ちょっとだけね? でもジュスタンと一緒だから寂しくないよ!」
恥ずかしそうに白状したジェスにほっこりする。
頭を撫でてから着替え、朝食後にジャンヌ達が滞在している屋敷に向かう旨をオレールに伝えて愛馬で向かった。
俺とジェスが到着した時にはドワーフ達は工房へと出かけた後で、ジャンヌは暇だったらしい。
家令のシャトーブリアンは以前からドワーフ達がいない間退屈そうなジャンヌが心配だったようで、俺達の訪問はとても歓迎された。
「おはようジャンヌ。邪魔するぞ」
「お母さんおはよう!」
「おお、主殿、ジェス、おはよう。どうやらジェスも気付いたようだの?」
ジャンヌは俺達の顔を見るなり、ここに来た用件がわかっているようだった。
「やはりジャンヌも何か感じていたのか。今朝ジェスが空気が変だと言い出してな……。ジャンヌならもっと詳しくわかると聞いて会いに来たんだ」
「ふむ……、確かに妾なればジェスより詳しく感じ取れるというもの。主殿、邪神の復活が近く、その方向があちらの方で大体の距離だけはわかる……が、今はそれだけしかわからぬ」
「いや、大体の場所がわかるというのはとても助かる。復活が近いという事は、まだ復活はしていないんだな?」
「うむ。今はスタンピードの前兆で言うと、魔物が寄って来ている状態と言うべきか。規模はスタンピードとは比べ物にならぬがな。ゆえに魔物達が邪神復活の場所に寄っていくどころか、逃げ出しておるのではないか?」
「そうなると各地で魔物被害が増えそうだ。この事も陛下に報告しておかないと」
シャトーブリアンに地図とペンを準備してもらい、ジャンヌに詳しく教えてもらう。
「邪神が復活する場所は恐らく……この辺りだの」
「ここだな。確かにここは人が来ないし、邪神が潜伏するには絶好の場所だな。その分向かうのが大変そうだ」
ジャンヌが指差したのは、タレーラン辺境伯領の西側にある、海に突き出る形の半島。
山と森が深く、海側からは断崖絶壁でこれまで開拓しようという意見が出た事のない未開の土地だった。
「…………この気配、妾の勘違いであればよいのだが……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもない。今日はこの後どうする? ジュスタンが王城へ報せに行くというのなら、ジェスはここで遊んでいかぬか?」
「ジュスタンは王城へ行くの?」
ジャンヌの誘いにジェスは俺を見上げる。
「そうだな。この事を陛下にお伝えしないといけないから、ジェスはジャンヌとここで待っていてくれるか?」
「わかった!」
嬉しそうなジェスの返事に安堵と少しの寂しさを感じる。
おっと、ついでに確認しておこう。
「ジャンヌ、シャトーブリアンが一人でいる時に退屈ではないかと気にしていたが、退屈していたりするか?」
もしそうなら何か暇つぶしになるものを用意させないと。
「いいや? 元々我らドラゴンはほとんど山の中でジッとしているからのぅ。今は周りに色々な物はあるし、庭を眺めているだけでも随分楽しく思っておるぞ。ひとつだけあるとしたら、本来の姿になれぬ事くらいか……。たまに羽を広げたくなる時があるゆえ」
「あ~……、そろそろ王都全体にジェスとジャンヌの存在が知れ渡っているだろうから、陛下に屋敷の敷地内での人化解除の許可を取ってくるか。たまには王都の上空を飛ぶのも含めて」
「おお! そうしてくれるとありがたい! 楽しみだのぅ、ジェスよ」
「うん!」
喜ぶ二人を見て、間違ってもやっぱり無理でしたなんて事にならないようにしないと、と心に強く誓って屋敷を出た。
一旦宿舎に戻って着替えを済ませ、王城へと向かったが先触れなしだったせいで半日近く待たされた。
邪神復活に関してだと言えばすぐに通してもらえたかもしれないが、誰が聞いているかわからない状態でそんな事を言えるばずもなく。
陛下に謁見して地図を渡し、ジャンヌから聞いた事を報告すると内密に遠征準備を進めるようにと王命を賜った。
そんなこんなで王城を出たのはすでに陽が傾いてからだ。
ジェスの待っている屋敷に迎えに行くと、ドワーフ達から囲まれ一杯だけと酒に付き合わされ、結局第三騎士団に戻った時には空には星がいくつも瞬いていた。
敷地内に入ると、なぜか団員達が訓練場の方へと向かっている。
とりあえずエレノアを休ませようと厩舎に向かおうとすると、文官が手紙を持って来た。
ついでに部下達が訓練場へと向かっている理由を聞くと、腕試しをしているらしい。
「ジュスタン、それ何の手紙?」
文官が立ち去るとジェスが聞いてきた。
普段書類は届いても、手紙が届く事は滅多にないから気になったのだろう。
ペーパーナイフが手元になかったので、少々乱暴に開封する。
「どれどれ……。あ? リュカ!? この日付……まさかさっきの腕試しって……」
目に飛び込んできたのは見覚えのある文字。
俺は急いでエレノアを厩番に預け、訓練場へと急いだ。