117.
いつものように走っているつもりだが、妙に自分の動きが遅く感じた。
早く、早く大和のところに行かないと。
今度こそ助けるんだ。
自分の魂が叫んでいるのを感じる。
戦闘中の現場に到着すると、木々の間を縫うように十頭ほどの黒狼の群れが冒険者達と乱戦になっていた。
阿鼻叫喚、そんな言葉がぴったりな悲鳴と怒声、そして黒狼の唸り声が辺りに響いている。
その中でもひときわ大きな個体、一目で変異種とわかるそいつがアランに一直線に向かっているのが見えた。
冒険者の集団の中で、アランがボスだと気付いたのだろう。
その状況に俺の心臓が悲鳴を上げた気がする。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
頭の中が真っ白になり、咆哮のような声が自分の口から出ているものだったと気付いたのは、アランと接触する寸前の変異種の首を斬り落とした後だ。
黒狼の首が血を撒き散らしながら草の上を転がり、その時に自分の呼吸が止まっていた事に気付いた。
「……ッ、ハァッハァッハァッ……や……アラン、無事か?」
「兄貴……。ああ、おかげで命拾いしたぜ。普通の黒狼ならともかく、こんなデカい個体はさすがに死ぬかと思……っ」
安堵しているものの、二度目の死の恐怖のせいか、引き攣った笑みのまま言葉を詰まらせている。
「ハァ……ッ、よかった! 今度は助けられた……っ」
自分より一回り大きい身体を抱き締めると、自分の身体の方が震えていた。
「ぐす……っ、あ、兄貴、まだ黒狼が残ってるから……」
アランの涙声に背中をトントンと叩いてから離れ、改めて周囲を確認した。
群れのボスである変異種の返り血塗れの俺達に近付く黒狼はいなかったが、まだ周りでは絶賛戦闘中だ。
「今、俺の部下がこちらに向かっている! それまで耐えろ!」
群れで襲われたせいで引け腰になっていた冒険者達も、討伐ではなく防御に徹して耐えるだけならできると判断したのだろう、安定して身を守れるようになった。
その間にも俺とアランは個別に黒狼を斬り伏せていく。
冒険者達がいい囮となってくれているおかげで、討伐も楽だ。
残り三体ほどになると、逃げ出す黒狼がいたが、俺に追いついた部下達の手によって斬り伏せられた。
「あ~あ~、なにやってんだよ団長。いつもならそんな返り血塗れになるなんてドジやんねぇのに」
剣に付着した血を振り払いながらシモンが寄って来た。
確かに普段なら返り血を浴びないようにしているが、今は髪からも血が滴っている。
「問題無い。『清浄』……他に魔物はいないか?」
清浄魔法で全身綺麗にしてから剣を鞘に納めた。
「とりあえずここに来るまでと、ここから気配が感じられるような奴はいないぜ」
「そうか、だったら討伐した黒狼を回収して、元のルートに引き返すぞ」
変異種を回収しながら言うと、シモンは不満そうな声を上げる。
「えぇ~!? さっきの場所までわざわざ戻るのかよ!? もうこのまま町へ向かってよくねぇ?」
「そうだよ、結構怪我人もいるしさ、僕達が護衛代わりになってあげた方がいいんじゃないかな?」
俺とシモンが話していたら、アルノーが提案してきた。
確かに冒険者達はかなり負傷者が多く、救援として駆けつけた冒険者含めて十五人全員がケガをしているようだ。
中には倒れたまま動かない者もいる。ポーションを浴びせてはいるが、助かるか怪しい。
確かにこの状態で冒険者だけにするのは心配だ。
「その方がよさそうだな。シモン、俺と前を歩け。アルノー達は殿を。遺体があれば収納してやれ、色んな意味で連れ帰るのは辛いだろう」
「「「了解」」」
虫の息だったり片腕を失ったりした者はいたが、幸い命を落とした者はいないようだった。
ポーションを使っても傷の完治はできず、移動しながらうめき声が後方から聞こえる。
俺とシモンとアランが先頭に立ち、時々現れる魔物を排除していった。
「団長、オレ達ってもう王都に戻るのか?」
たった今討伐した角兎を魔法鞄に収納しながらシモンが聞いてきた。
王都に戻るという言葉にアランがピクリと反応したのがわかった。
「聖女達と合流してから王都に戻るからな。聖国の本神殿を出発したら、誰かが先に報せに来るはずだ。それまでフラレスで過ごしてもいいし、合流地点のサラモナで待っていてもかまわんぞ。だがあちらは魔物が少ないから、フラレスの方が魔物討伐で暇つぶしができるがどうしたい?」
「え~? だったらここで待っていようぜ。待機期間に狩った魔物は各自の収入にしていいんだろ? だったら小遣い稼ぎしながら待ってた方がいいに決まってるぜ! それに冒険者の町だけあって花街も充実してそうだしな。そこのところどうなんだ!?」
期待に満ちた目でアランを見るシモン。
「そりゃあ……冒険者相手に稼ぎに娼が他の町から来るくらいだから期待していいぜ?」
「おぉっ!? じゃあおすすめの店とか教えてくれよ!」
「もちろん! 兄貴の部下なんだからとっておきの店を紹介するぜ!」
「うっひょ~! 楽しみだなぁ」
「……おい、お前達、まだ森の中だという事を忘れるな」
「「はいっ」」
俺の冷めた視線に声を揃えて返事する二人。
あの幼く可愛い大和はもういないと実感させられ、うつろな目で町まで戻った。