10.
朝六時、広場の鐘が鳴り響いた。
俺達第三騎士団はその鐘の音を合図に起床し、三十分後には食堂で食事をしている。
込み合う時間帯を避け、生活魔法と呼ばれる少しの火や水を出す魔法を使ってお茶を飲んでから部屋を出た。
記憶を辿り、普通に込み合う時間に行って周りが気を使っているのに気付いてしまったからな。
これまでは貴族出身なだけあって、周りが自分に気を遣うのが当たり前だったから気にしてなかったが、前世を思い出した今となってはこっちの方が気を遣うって!
というわけで、大体の部下達が食べ終わった頃合いを見計らって食堂に入る。
食事を始めようとしたら、副団長のオレールが真剣な顔で近付いてきた。
何かあったのかと内心ドキドキしながら、ずっしりとしたパンを毟って口に放り込む。
緊急ですぐに行かなきゃいけない案件だったら、少しでも食べておく必要があるからな。
「団長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「昨日の件ですが……、今朝までに全員同意を得ました!」
「昨日の件? もしかして金を出し合って味の改善を……って話か?」
「はい! とりあえず支給される給金から、銀貨一枚を天引きする形にしました。金貨五枚分もあれば大丈夫でしょうか」
仕事が早いな!?
キラキラとした目で言われたが、金額が足りるかは正直微妙なところだ。
「とりあえずそれで買えるだけ買えばいい。事務官にこの予算で発注させて届ければいいが、注文しに行く時は必ず騎士の誰かを同伴させるように。継続的に注文するのを条件に、少しでも安く仕入れた方がいいからな」
父親が事故で亡くなった時、生命保険とか事故の相手の保険金とか入った。
だが弟達も大学に行く事を考えたら少しでも節約しなきゃいけなかったから、節約は俺の中に根付いている。
というわけで、大家族の家事を担当していた者としても、まとめ買いする時に値下げ交渉は当然の事だ。
元々この宿舎だけじゃなく、領主邸とまとめて買っているのなら、届ける場所も同じという事でより安く仕入れられるはず。
「注文は料理人達に任せないんですか? 天引きした分をそのまま渡そうかと思っていたのですが」
「いや、料理人には必要な分を聞いて現物で渡した方がいい。毎月金貨五枚がポンと渡された時に、少しだけなら誤魔化せないかという誘惑に負けたら大変だろう? バレた時にその料理人がな」
「ああ……、なるほど」
オレールが納得したように頷いた。
食べ物の恨みは恐ろしいからな。本来美味しく食べられるはずだった物が、不正のせいで減ったとなれば俺でも部下達を抑えられる自信がない。
「人は誰しも魔が差す瞬間というものがあるから、少しでも要因は取り除いてやった方がいいだろう。とりあえず今宿舎が発注している店に行って、調味料とハーブの値段表を渡して予算を伝えてやればいい。値段交渉には威圧できる騎士をつけるんだぞ。脅せとは言わないが、言いなりに金を払うようでは困るからな」
「だったら団長が行ってください。なに、外回りついでに事務官を一人同行させればいいだけですから」
「…………それって、俺が威圧的な顔をしているって言いたいのか?」
「いえいえ、ジュスタン団長の強者のオーラと、産まれ持っている高貴な者の存在感が圧倒的だからお願いしただけですよ」
ジトリとした目を向けたが、笑顔のオレールは全く動じない。
そういう奴だから副団長を任せられるんだけどな。
「……まぁいい、今日は俺の隊が南の森に行くんだったな。この三日で変化は無かったか?」
「変化はありませんでしたが、本日ジュスタン隊は見回り組になりました。一応休んだ後ですので、外回りは明日からお願いします。ついでにお店にも寄ってくればいいじゃないですか」
「お前……、そんなに早く味付けを変えて欲しいのか」
俺の問いに、オレールは微笑んだだけで答えなかった。
きっと金貨五枚分だと予算的に足りないとわかってて、最初から俺に交渉させる気だったのかもしれない。
「はぁ……、わかった。それじゃあ見回りの最初に店と薬屋に立ち寄る事にしよう。発注する係の事務官を訓練場前に呼び出しておけ」
「了解しました」
迅速に食堂から立ち去るオレールを見送り、少し冷めたスープを流し込んだ。
食事の後に訓練場前に向かうと、俺の隊のアルノー達と事務官のフロランが待っていた。
「ジュスタン団長! 事務官が一緒に行くって事は、今日から美味い飯が食えるのか!? 店に寄るって聞いたぜ!」
シモンが今にも街へ飛び出して行きそうな勢いで騒いでいる。
「今日からかどうかは店の対応次第だな。在庫があるかどうかにもよるだろう」
「早くっ! 早く行こう!」
「おちつけ」
お前は散歩に行きたい犬か。
そうツッコミたかったが、この世界って山で猟をする家以外で犬を飼ってないから、言っても通じないだろうな。
一応見回り中は俺が先頭を歩いているが、シモンが今にも抜かして走り出しそうにしている。
薬屋の方が近いから、今回は先に薬屋の方へ向かう。
前回行った所が、ちょうど宿舎の治癒師がポーションや薬草を買い入れている店だったらしい。
「あっ、おにいちゃん!」
薬屋の近くで可愛らしい声が聞こえたと思ったら、クロエがこちらに駆け寄って来るところだった。
その後ろにはマルクがクロエを追いかけているのが見えた。
「クロエ、マルクと散歩か?」
「うん! おかあさんが元気になったから、おにいちゃんがいっしょにいてくれるんだ。おとうさんもなんだかやさしくなったよ」
「そうか、よかったな」
しゃがんでクロエの頭を撫でると、嬉しそうに笑って報告してくれた。
どうやらジョセフは希望を持ったおかげで、気持ちを持ち直したようだ。
「だ、団長が笑って……!?」
「子供を撫でたぞ!?」
「自分の目がおかしくなったわけじゃないですよね!?」
「団長が自分の事お兄ちゃんって言ったのは本当だったのか!?」
俺の後ろで言いたい放題の部下達。
…………ちょっと待て。
「あの時貴様らはいなかっただろう! なぜその事を知っている!?」
「ぴゃっ!?」
「あ~あ、ほらほら、団長が大きな声を出すからその子泣きそうだぜ?」
俺が大きな声を出したせいで、クロエを驚かせてしまったようだ。
シモンに言われて慌てて謝る。
「驚かせてすまないクロエ、また今度様子を見に来た時にお土産を持ってくるから許してくれ」
「おみやげ!? ほんとう!?」
「ああ」
怯えたような表情から一転、嬉しそうな笑顔になってホッとする。
クロエとマルクを見送り、ゆっくりと部下達の方へ振り返った。
笑顔を浮かべている俺の顔を見て、事務員も含め全員の顔色が悪い。
「さて、さっきの続きを聞かせてもらおうか?」




