EP.1.5 レナリアと僕
僕は薄汚いあばら家に生まれた。
その齢に見合わないような仕草を行い、周囲から気味悪がられた。
まあ、今考えると当たり前だ。
3歳児が落書きで精巧な絵を描いたり、辞書をで調べてもよくわからない言葉を使えば、周りは拒絶するか、歓迎するかの二択だろう。
僕の場合は前者だ。
同年代の子供たちと馴染めず、僕はいつも一人だった。
両親は毎日喧嘩ばかり。
挙げ句の果てには、その怒りを僕に暴力という形で向けてきた。
ある夜のことだ。僕は寝付けずにいた。
そんなとき、珍しく両親が談笑している声が聞こえたのだ。
気になったので、僕はそっと扉を開け、様子を伺った。
「私たちには気味の悪い子だけど、買い手にとっては優秀な人材だそうよ。ただの邪魔な子供を買うときよりも二倍の値段で買い取ってくれるのだって。」
「そうか! 二倍! 最後にはちゃんと役に立つようだな。人身売買と聞くと人聞きが悪いが、うちの子が才能を発揮する為に仕方がなかったといえばいいだろう。」
両親は僕を売るつもりらしい。
そんなことはどうでもよかった。
それよりも、両親の笑みが、心のどこかで「いつか優しくしてくれる」と思っていた僕の期待を嘲笑っているようで。
気持ちが悪くて。
気がつくと家を飛び出していた。
走って、走って、走って。
僕は、もう二度とあの場所に戻ることのないように、出来るだけ遠くへ行こうとした。
日が昇って、沈んで。
僕は倒れた。
目を閉じた。「もう、開かなくてもいいな。」なんて思いながら。
「どうしたの、大丈夫!?」
そんな声で目が覚める。
「あ、えと、おはよう? じゃなくて、今お医者さん呼んでくるから、待っててね!」
桃色の髪の、僕と同じくらいの年の少女。
彼女が、僕に初めて優しく接してくれた人だった。
懐かしくて、暖かい存在。
―――僕は彼女を見たことがある? いや、そんなはずは。
でも、彼女と目があったとき。
涙が溢れてきた。痛みに耐えきれなくて溢れたものとは違う、よくわからない涙だった。
「……もう、大丈夫だよ。私は、貴方を傷つけないよ。」
少女が僕の背中を擦る。
安心したからか、もう一度眠ってしまった僕だった。
次に目覚めたとき、先程の少女が僕を覗き込んでいて、僕はふかふかしたなにかの上にいた。
「あ、起きたのね! どこか痛むところはない?」
僕は首を横に振った。それよりも、
「おなかが、空いた……」
少女が笑う。なにがおかしいんだろう。
「これ、貴方に食べさせようと思って持ってきたのよ。」
見てみると、少女は果物を乗せた皿を持っていた。
「お水もあるわ。さ、どうぞ。」
僕がリンゴを食べている間、彼女は隣にいてくれた。
「まだ名前を言ってなかったよね、私はレナリア。」
「レナリア……」
―――綺麗な名前。でもやっぱり、聞き覚えがあるような?
「あなたの名前は?」
「……ルフレって呼ばれた事がある。」
レナリアの表情が固まる。でもちょっと間抜けな顔だな。
頭の上で『?』が三つ位回っていそうな……。
「???」
あ、首を傾げ始めた。どうやら必死で僕の言葉の真意を見抜こうとしているようだ。
レナリアの仕草の一つ一つが懐かしいと感じる。
僕はレナリアに会ったことなどないはずなのに。
「ルフレは、この名前嫌い?」
「……わからない。」
「ええと、これからルフレって呼んでもいい?」
―――これから。
レナリアは、これからも一緒に居てくれるつもりなのだろうか。みんなと満足に遊ぶことも出来ないような、こんな僕と。
「……嫌だった?」
「違うっ!」
「うひゃあっ!?」
とても大きな声が出てしまった。
「あ、ごめん……。嬉しかったんだ。今までその、こんなに仲良くなれた人がいなかったから。」
「じゃあ、私がルフレの友達一号ね!」
「友達……。」
「うん!」
それから僕らは他愛もない話をした。
レナリアは侯爵令嬢らしい。
そのことを聞いたときは軽くショックを受けた。
ご令嬢と平民の僕が一緒に遊ぶなんて、夢のまた夢だ。
でも、レナリアが侯爵閣下に事情を伝えてくれたとき、考えもしなかった解決策が出た。
僕がレナリアの従者見習いとして雇われるということだ。
親元を離れて、友達と居れて、衣食住にも困らない。
なんて素晴らしいんだろう。
「……私の従者見習い、か。ね、ルフレ。約束して。」
「なに?」
「よそよそしくしないでね。折角仲良くなったんだから。」
「……うん。」
これが、レナリアとの出逢いだった。
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