EP.1 私とルフレ
優しい春は、待ちきれない様子の夏に急かされ、過ぎようとしていた。
穏やかに波打っている草花達。
呆れる程に雲一つ無い、青い空。
ぽつんと立っている大樹は、気持ち良さそうにその枝葉を揺らしている。
その下に、小さな影が二つ、並んでいた。
「ねえ、あれ!」
影の持ち主の一人が白い小さな花を指差した。
「あの花はね、カスミソウっていう名前なのよ。」
「へえ~。花言葉は?」
もう一つの影の持ち主が聞く。
「ええーと、永遠の愛と、幸福と、感謝ってお母様が言ってた。」
「そっか。」
少年は、そう言いながらカスミソウを一本手折る。
「なら、僕は君にこの花を贈りたい。」
「この前読んだ絵本の王子様?」
柔らかな微笑みを浮かべた少女が、嬉しそうに受け取った。
「ううん。僕はなにかの役じゃなくて、僕のまま贈る。君と一緒に居たいから。君に、誰かに必要とされてるって、覚えていて欲しいから。」
「ん? えっと、ありがとう? ……ふふっ!」
戸惑いの色を見せたが、少女は笑い始める。
「あははっ!」
つられたのか、少年も笑い始めた。
「覚えていてね。僕にとって、君が―――」
―――どれだけ、愛おしい存在なのか。
「お嬢様、起きてください! お嬢様!」
シャーーーッ
カーテンを引く音とともに、私の部屋に朝日が差し込む。
……マブシイ。
「朝は、音よりも、光で、起きる方が、いいって、毎日、言ってる、はずよ、姉さん。」
ううーん、と唸りながら、私は重い瞼を開いた。
「おはよう。リナ、リカ。」
「おはようございます、お嬢様!」
「おはようございます、お嬢様。」
私の専属メイドのリナとリカが起こしてくれたみたいだ。
―――朝って一人で起きれないよね。
あ、元気な方が姉のリナで、
文節で区切って喋ってる方が妹のリカだよ。
「「お誕生日おめでとうございます。」」
「……ん? ……え? 誰の?」
「お嬢様のですよ!」
「お嬢様は、今日で、十歳です。」
「……ソウナンダ。」
―――朝って頭回らないよね。
髪を梳いて貰う為に、鏡の前の椅子に座る。
水色の瞳に、肩の下まで伸びている桃色の髪。
まだ若干幼さを残しているものの、その整った顔立ちは、
「お嬢様、今日も、可愛い、です。」
「ありがとー。」
……自分でも言うけど、可愛いと思う。
リカに髪を梳いて貰い、ドレスに着替え、部屋を出た。
レナリア・ライグランツ。それが私の名前。
ライグランツ候爵家の次女で、今日で十歳になる。
猫派。水色が好き。ナッツのクッキーが好き。
「あ、レナちゃん。おはよう、お誕生日おめでとう。」
青っぽい灰色の瞳に茶髪が少し掛かった少年が声をかけてくる。
「ルフレ。ありがとー。」
ルフレは私と同い年で、五年前、私が屋敷の周りをぐるっと一周散歩してるときに見つけた。
服はボロボロ、髪はボサボサ、肌は傷だらけの酷い有り様だった。
私が見つけたときはギャンなきしてたのに、今は……
「どうせ、今日誕生日だって忘れてたんでしょ。」
……こんな風に、大人びた表情を浮かべるぐらい落ち着いた少年に成長した。
同い年なのにー! 年上アピールされたみたいで腹立つー!
ムっとしたので、ルフレに二、三発パンチしといた。
「痛い痛い。」
そう言いながら笑うルフレは、王宮騎士よりも腕が立つ。
頭も良い。いわゆる、デキル奴。
その上、本人が私に仕えたいと言うので、今は私の従者兼護衛見習いとして屋敷で頑張っている。
……とは言うものの、実際はほぼ私の友人である。
っと、角からなにやら人影が。あれは……執事長のセバスかな?
「おいっ! お嬢様には敬語を使え!」
「いいの。私が許可してるから。……それに、ルフレに敬われても気分良くないし。」
「酷いな~。」
酷いとは言っているものの、ルフレはすごくニコニコしていた。
ん? さっきもパンチされて笑ってなかった? こうゆう虐められるのが好きな人のこと「ドエム」って言うんだっけ。
そんな「ドエム」ことルフレは、さりげなーく私についてくる。
うむうむ。流石私の従者見習い。主の側に控える練習かな?
しばらく歩き、ルフレとともに食堂に入る。
「「「「誕生日おめでとう。」」」」
「お父様、お母様、お兄様、お姉様。有難うございます。」
青髪のお父様。緑髪のお母様。パステルブルーの髪のお兄様。エメラルドグリーンな髪のお姉様。
こうして見ると、私だけ暖色の髪だから少し寂しい。
みんなは褒めてくれるけど、私はこの髪色は好きじゃない。
「ねぇレナリア。誕生日プレゼントは何だと思う?」
ジュリアお姉様が聞いてきた。
「うーん。クッキー一年分でしょうか。」
「お前本当に食い意地張ってるよなー。」
カインお兄様がうるさい。目線で不服を伝えておこう。
うっわ、目ぇそらしやがった! 確信犯だな! ふぬぬぬ!
「ふふふ、残念ながらクッキーじゃないわ。」
お母様が笑う。なにがおかしい! 私は本気で怒る直前なんだぞっ!
「社交界デビューまであと二年。そろそろお前に護衛か従者を付けようと思う。そこでだ。」
お父様がルフレを見る。……あれ、なんか魂が抜けた顔してる?
あ、視線に気付いた。今度はこっち向いてポカンとしてる。
「屋敷の者に、誰が一番適任か聞いて回った。」
お、ルフレさんが急に真顔になりました。背筋も伸びてます。いい姿勢だ! 私も一人の貴族として見習わなくては!
「すると、全員一致でルフレと答えた。」
ここへ、と呼ばれて、彼はゆっくり前へ出る。
「ルフレ。今日からお前をレナリア専属の従者兼護衛とする!」
「はい! 今日から尽力して参ります!」
すごいな~。私と同い年なのに、従者兼護衛って。というかなんだ従者兼護衛て。ルフレ万能すぎておかしくなった?
たった十歳の男の子には少々重い役職では……って! あの子物凄く嬉しそうな顔してるよ! 目がキラキラしてるよ!
まぁ、私も嬉しいんだけどね。でもちょっと寂しい気も。
これからは単純に友達ってわけじゃないのかー。友達兼従者兼護衛だぁ。なんかすげー肩書きだな。
―――そんなこんなでちょっとパニックな私は、朝食を食べ始めたのだった。
今日の朝ごはんはフレンチトースト! ほんのり香る隠し味のイチゴの酸味が癖になるぅ~!
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