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5 巫女の瞳

 その双子の名は、ノーラとルーナと言った。藍色の瞳のノーラが姉、水色の瞳のルーナが妹ということだった。イザヤは、自身の名――リベル教の教典「リベルの書」から取られた、単なる魔除けの記号――だけを告げ、回収人とは名乗らなかった。


「私たちは、春祭りで『巫女』の役を務めるんです」

「巫女、ですか」


 ノーラの言葉に、思わず驚きの声が出る。旧世界文書で目にした言葉ではあったが、実際に耳にしたのは初めてだった。


「やぐらの上に上って、女神に踊りを捧げるんですよ。毎年、町の娘の中から二人が選ばれるんです。私たちは、もう三年目なんですよ」

「ああ、道理で」


 イザヤの短い言葉に、ルーナはうれしそうに微笑んだ。


「お祭りの日まで、いらっしゃるんでしょう? 私たちの晴れ舞台、ぜひ見ていってくださいな」

「失礼よ、ルーナ。その方は……」


 言いかけてノーラは口をつぐんだ。

 ルーナは姉に様子にかまわず、無邪気な笑顔をイザヤに向ける。


「泉には行きました?」

「いえ、まだ着いたばかりで」

「そうだったんですか! それじゃあ、私が案内……」

「だめよ」


 ルーナののびやかな声を、ノーラが冷たく遮った。


「あなたはまだ作業が残っているでしょう。案内なら私がするわ」

「でも」

「とにかく、だめよ。先に帰っていなさい」


 ノーラの強い語調に、ルーナは眉を曇らせながらも「わかったわ」とうなずいた。


「いやな思いをさせてしまっていたら、ごめんなさい。あの子は、いろんな土地からやって来る珍しいお客さんと話すのが好きなんです」


 ルーナが去った後で、ノーラがイザヤの胸のあたりを見ながら言った。

 それを見て、イザヤは昔教わったことをようやく思い出した。地方によっては、「稀人と目を合わせると災いをもらう」という迷信が根強く残っているのだ。


「作業、とおっしゃっていましたが」

「土器の祭具作りです。巫女役の仕事のひとつなんですよ」


 静かに先を歩き出したノーラの後を、イザヤは遠慮がちな距離を保ちながらついていった。

 町の最奥部、開けた草地に到着すると、男たちがやぐらを作っている最中だった。斧で切り出した木を組み合わせ、大人の男二人分ほどの高さの舞台をこしらえている。


「ずいぶん、高いですね」


 ノーラという案内役がいることで、少し気が楽になったせいだろうか。自然と零れた言葉に、素直な感情が混じる。


「梯子で上るんですよ。実際は、下から見ているよりもずっと高く感じます」

「怖くないのですか」

「踊り始めてしまえば、気にならなくなります」


 踊り、と聞いて、イザヤの頭にある考えが浮かんだ。


「先ほど、祭具とおっしゃっていましたね。それは、踊りのときに用いるものなのですか」

「踊りの前に、泉の水をいただくことになっているのです。それを注ぐための入れ物で、物騒なものではありませんよ」

『なんだ、剣舞だとでも思ったのか? 確かにそういう舞踊はあるらしいが、行われている地域は少ないと聞いたぞ』


 二人に考えを見透かされていたようで、イザヤはきまり悪さに咳払いをした。

 その後ノーラは、泉が湧いているという洞窟の入り口までイザヤを案内した。


「入ってすぐのところに泉の源があります。泉の水は、どんな人でも自由に飲むことができるんですよ。イザヤさんも、ぜひ」

「いえ。必要な方のぶんを奪ってしまうことになりますから」

「そんな心配、無用ですのに。この泉の水は、尽きることがないんですよ」

「私は幸い、どこも悪くありませんので。お気遣い、ありがとうございます」


 そう言ったイザヤの顔を、ノーラは一瞬、眩しそうに見つめた。


「――他の旅の方も、イザヤさんと同じならよかったのに」


 独り言のようなつぶやきの後に、ノーラは洞窟へと体を向けた。


「この水は、病を癒やしてくれるだけではないんですよ」


 ノーラは静かに中に入ると、しばらくして両手に水を湛えた状態で出てきた。


「私たちに足りないものを与えてくれる、女神の慈悲のお心そのものなのです」


 そうして顎を上げ、水を口へと流し込んだ。白い喉が、こくりと小さく波打つ。水は指の間から手の甲を伝い、肘の先から滴り落ちた。

 滑らかな肌に描かれたその水の筋を、イザヤは静かに見つめた。



 町に戻ると、ノーラは主立った店や施設について教えてくれた。鍛冶屋、食料雑貨店、仕立て屋。パン屋、肉屋、浴場。町外れにある革屋と粉屋。そして、踊る子豚亭。

 東の空が青みを増してきた今、外の卓には客が溢れていた。厩舎には馬も増えている。どうやら旅人の集団が新たに到着したようだ。


「目的の場所に着くと、気が大きくなるものなのかもしれませんね。旅は危険ですから、気を張っていたぶんだけ羽を伸ばしたくなるのかも」


 旅人たちの笑い声を背に、ノーラはぼんやりとした表情で言った。


「この町は……私が産まれた頃と比べて、随分と賑やかになりました。女神の現れた聖地であるはずなのに、その静けさと美しさはすっかり失われてしまいました」


 ノーラはそこで言葉を切ると、つややかな唇からほうっと細く息を吐いた。


「けれど、おかげで町は豊かになりました。足りなかったものが与えられた、と考えたほうがいいのかもしれませんね」


 そう言って目を細める。その横顔と声の穏やかさに、イザヤは意を決して口を開いた。


「ノーラさん。例の事件のことで、何かご存じのことはありませんか」


 言いながら、一歩近づく。ノーラはゆっくりと顔をこちらに向け、はっきりとイザヤの目を見返した。


「私は、この町に平和を取り戻すためにやって来ました。どんなことでもいいのです。どうか教えてくださいませんか」


 藍色の瞳に一瞬気後れするも、イザヤはすがるような気持ちで言葉を紡いた。ノーラはしばらくの間イザヤを見つめていたが、やがてゆっくりとまばたきをした。


「そうですね……関係があるのかどうかわかりませんが、ひとつだけ、思い出したことがあります。先ほどの祭具なのですが、古くは剣を持って踊っていたそうです」

「剣を?」


 ぐえ、と蛙のつぶれたような声が、脳内に響く。


『まじかよ』

「旧世界の遺物なので、回収された……ということになっているのですが」


 エレミヤの声に、ノーラの言葉が重なる。


「今でも、洞窟の奥に安置されていると聞いたことがあります」

「それは、本当ですか」


 大災害を乗り越えた旧世界の遺物には魔力が宿っているとされ、遺物そのものが機構の回収対象となっていた。


「はい。イザヤさん、祭具のことを詳しくお知りになりたいようでしたので」

「ありがとうございます。とても有益な情報です」


 イザヤの言葉に、ノーラは穏やかな微笑みを見せた。


「もうじき日が落ちます。泊まる場所をお探しでは? どうぞ、うちにいらしてください」

「いや、しかしその、私は……」

「『回収人』なのでしょう?」


 こともなげに言うノーラに、イザヤは呆気にとられた。


「私たちは女神に祭りを捧げる『巫女』ですが、同時にリベルの信徒でもあるのです。この町には教会こそありませんが、月に一度は教区司祭の方がお見えになってお話をしてくださるんですよ。回収人の方のお世話も、信徒の務めです。ルーナもそのつもりで食事を用意しているはずですから、どうぞ遠慮なさらないでください」


 そうして細められた藍色の瞳は、イザヤの目を正面から捉えていた。左右とも同じ色をしたその美しい瞳を見つめながら、イザヤはその日初めての微笑を浮かべた。

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