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3 泉の町

『ああ。右手がじんじんするな。おまえ、手綱を強く握り過ぎだぞ』


 エレミヤの声には答えず、イザヤは静かに馬を歩ませた。

 ブナの森を縫うように、細い道が延びている。やがて、清流をまたぐ橋が姿を現した。

 フォンスの町には、リベル教会がない。イザヤは馬を降り、町の中で一番大きな石造りの館を目指した。


『執政官の家だな』


 通りに並ぶ家々の窓は、色とりどりの花で飾りつけられている。その華やかな雰囲気の中、イザヤの黒マントは一層不気味さを増しそうなものであったが、道行く人々はどうしてかイザヤのほうを見ようとしない。絶えず微笑みを浮かべ、花の香りや春の陽気を露ほども逃すまいと言わんばかりにつやつやと顔を輝かせている。


『これは、あれだ。祭りの空気だ』

「というと、聖ベルナデッタの祝日でしょうか」


 イザヤは数日後に迫っている聖名祝日を口にした。


『病人の守護聖人だな。が、ここの泉の名を思い出せ。「女神」の泉だぞ。リベル教の聖人の祝日に合わせて行うことで黙認されている、おそらく土着信仰から来た祭りだろう』


 確かに、一神教であるリベル教において「女神」はおかしい。神に性別があるとは考えられていないからだ。


『あるいは、あえて旅人と関わらないようにしているのかもな。おれらも「旅人」ではあるんだ、用心しろよ』


 わかっています、とイザヤは心の中で答えた。エレミヤと積極的に会話をするつもりなどなかったのに、自然と言葉を返してしまったことが妙に悔しかった。


 フォンスの執政官は、四十年配の痩せた男性だった。リベル教の祭服のように丈の長いチュニックを床に引きずるようにして、イザヤから「回収人」の名刺をゆっくりと受け取る。


「春祭りが迫っておりましてな、忙しいのです」


 すぐに名刺を机に置いた執政官を前に、ふんと鼻を鳴らすような音が頭の中に響いた。町人と同じくなかなか目を合わせようとしない執政官に対し、イザヤは事務的な物言いで続けた。


「旅人の首が斬られる事件が、既に四件起きたと聞きました。魔力に侵された傀儡魔によるものである可能性があります。どうか、調査にご協力を」

「そりゃ、協力はいたします。巡礼者が来なくなるのは、私どもとしても困りますからね。しかしご存じのように、この町にはリベル教会はないのですよ」


 執政官の言葉の意図を図りかね、イザヤは唇を開けたまま固まった。


「つまりその、そちら様のお世話をする施設が用意できないというわけです」


「ああ」と、イザヤはすぐさまうなずいた。


「問題ありません。許可をいただければ、木の下ででも休ませていただきます」

「いやしかし、それじゃ外聞がよくないじゃありませんか。いえね、私どももお世話をしたくないってわけじゃないんですよ。そうではなくてその、この町にもいろいろな人間がいますから、まあ小さい町ではありますが、そのぶんその、難しい部分もありましてね」


 奥歯にものが挟まったような物言いに、嘆息したくなるのをぐっとこらえる。


「ひとまず、調査をさせていただきたいのです。用が済めば、すぐに立ち去らせていただきます。ご迷惑をかけるつもりはありません」

「そうですか、それは助かります」


 執政官はそう言うと、初めてイザヤの首のあたりを見てにこりと笑った。


「つきましては、事件についての情報をいただけないでしょうか」

「ええ、ええ、それはもう、何なりと。隣の部屋に書記がおりますから、詳しくは彼からお聞きください。詳細な記録を取っておりますので、お役に立てると思いますよ」

「わかりました。それと、馬のことなのですが」

「ご心配には及びません。滞在中は、うちの厩舎でしっかりとお世話をさせていただきますよ。そうでないと、お帰りの際に困るでしょうからね」

「ありがとうございます」


 一礼をすると、イザヤは執政官から顔を背けるようにくるりと扉に体を向けた。


『おまえは表情ひとつ変えないんだな。胸のあたりにふつふつとしたものを感じたんだが』


 そんなことまでわかるのか、とイザヤは思わず顔をしかめた。左目が可笑しそうにくるりと回転する。


『まあ、そのほうが賢い。おれたちに心があるかどうかなんて、連中の知ったこっちゃないんだからな』


 ノックをして、隣の部屋に入る。帳簿らしき紙束の詰まった本棚の隣で、羽付きの帽子をかぶった男がこちらに背を向けて机に向かっていた。


「失礼します。首斬り事件についてお伺いしたいのですが」

「……ああ。機構の、回収人……の方ですか」


 振り返った書記は、やはりイザヤと目を合わせようとはしなかった。机の端に置かれていた記録簿を手に取ると、立ち上がって窓際の書見台へとそれを乗せた。


「初めて発生したのは……今年の一月、第三週です。被害者は、病気の母親とともに滞在していた二十歳そこそこの若者。遺体の発見場所は、踊る子豚亭の納屋」

「子豚?」

「酒場を営む宿屋です。この町で一番大きな酒場ですから、すぐにわかるかと。二件目は、二月の第二週。被害者は、遍歴の途中立ち寄った修道士付きの騎士。場所は同じく、踊る子豚亭。四件すべて、この踊る子豚亭付近で起きています」


 書記はそう言うと、記録簿を閉じてイザヤに差し出した。


「あとは、ご自分で見てください。三件目は二月の四週、四件目はつい先週のことなのですぐにわかると思います。字は読めるんでしょう」

「はい。では、お借りします」


 イザヤは書見台の前に立ち、記録をたどった。

 三件目の被害者は巡礼者の青年。四件目は仕事を求めて移動中の石工家族の息子だった。遺体の発見場所はすべて踊る子豚亭となっており、二件目以降は「踊る子豚亭近くの柳の木の根元」「裏の川べり」「厠の脇」とすべて屋外だった。

 状況から、全員夜中のうちに殺されたものらしい。遺体は朝になってから発見されている。いずれも凶器は見つかっていない。

 被害者に共通しているのは、全員十代から二十代くらいの若い男性であり、リベル教の信徒であるということ、この町の住人ではないということだった。


「すみません、被害者の容姿について詳しく知りたいのですが」


 イザヤの問いに、書記は視線を手元に落としたまま答えた。


「踊る子豚亭の主人にでも聞いてみてください。すべての現場を見ているはずです。まあ、客のことなどたいして覚えていないかもしれませんがね。何せ、顔がないんですから」

「顔がない?」


 けげんそうに眉を寄せたイザヤに、書記は静かな声で言った。


「発見された遺体は、首から下しかなかったんです。斬られた首は、いまだに見つかっていないんですよ」

「なるほど。では、そのご遺体はどこに?」

「町のはずれの無縁墓地に埋葬しました」

「凶器を特定するために、首の切り口を確認したいのですが」

「墓を掘り起こすことは許されませんよ」


 書記ははっきりと顔をしかめて続けた。


「あいにくですが、その記録以上の情報は何も提供できません。あとは、発見者から話を聞いてください」

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