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2 世紀の嫌われ者

 曳き船道を北上し、最初の目的地である教会へと向かう。


 リベル教会。カナンを首都とするカナニア連邦のみならず、大陸じゅうに広まりつつある宗教組織だ。ともに魔力の根絶を目指す魔力回収機構とは切っても切れぬ関係にあり、回収人の活動支援と称して様々な援助を行っている。


 突端に十字架の乗った屋根を見上げてから、イザヤは建物の裏手に回った。


 ――稀人は、教会の正面入り口を使うことはできない。


 機構でこれを教えられたとき、教育係の司祭に理由を問うたことがある。


「そう決められているからです」


 誰に、と問うことはなかった。すぐに「そんなことを考えても仕方がないですよ」と言葉を足されたからだ。


「回収人のイザヤさんですね。聞いております。こちらへどうぞ」


 出迎えた若い助祭に厩舎へ連れていかれると、鞍のつけられた栗毛の馬が静かに首を揺らしていた。


「こちらもお持ちください」


 馬に乗ろうとしたところで、助祭が布袋を差し出してくる。


「これは?」

「チーズとパン、少ないですが路銀です」

『わざわざ聞くなよ、わかるだろ』


 エレミヤの声をかき消すように礼を言い、馬に跨がる。


『おまえ、向こうに着いたらどうするつもりなんだ? 初仕事だろ? 先輩のおれの助言を聞いておくに越したことはないと思うぜ』

「いえ、けっこうです」


 護衛の騎士をつけるかという提案をしてきた司祭に、黒い革手袋の手を向ける。それは同時に、エレミヤへの返答でもあった。


「神のご加護を」


 上品な笑みを浮かべて十字を切る助祭に頭を下げ、イザヤは草地に延びる細い街道に出た。

 旅は常に危険を伴うものだが、回収人に限ってはその心配は不要となる。盗賊が回収人を襲うことは非常に稀だ。回収人に危害を加えた場合は教会裁判でほぼ例外なく極刑に処せられるし、そもそも関わりを持つこと自体が避けられるからだ。


『なあ。おまえ、当たりはついているのか』


 速足で駆ける馬の上で、左目が左右に動きながら言った。


『おれはついてるぜ。「首斬り」はわかりやすい主題だからな』

「それが当たっているかどうかはわかりませんよ。事件の経緯――つまり魔力の主題、およびアトリビュート双方の観点から、注意深く探るべきです」

『聞いた通りの優等生だなあ、おまえ』

「聞いた?」

『ああ、噂を少しな。機構始まって以来の優秀な稀人だとか何とか』

「大袈裟な。誰がそんなことを言うんです」

『おれたちの手術をした、あの陰気な職員だよ。おまえ、教えられてもないのにアトリビュートから魔力を回収したことがあるらしいな』


 イザヤの喉がひゅっと鳴った。脳裏に、顎髭を生やした司祭の穏やかな目元が浮かぶ。


『なあ、詳しく教えてくれよ。傀儡魔に襲われたんだろ? 傀儡魔になったのは機構の職員か? それともリベルの司祭?』

「話したくありません」


 答えながら、イザヤはきゅっと首をすくめた。


 独房で、初めて「絵」を見せてもらった日。

 イザヤの目の前で老司祭が豹変し、傀儡魔と化した。独房内に、あるはずのないアトリビュートが持ち込まれたことが原因だった。


 ――機構内で傀儡魔が発生した際は、どんな状況であろうが必ず「処分」される。


 彼の次に来るようになった年若い司祭から教わった、機構の定めた「決まり」のひとつだ。


 あのとき、アトリビュートさえ存在しなければ。

 澱のように胸の底に巣食うこの罪悪感とは、無縁な生を送ることができたのだろうか。


『まあ、それにしても』


 わずかな沈黙の後、エレミヤが明るい声を出した。


『おまえの得物は、なんというか……少し、頼りねえ感じがするな』

「そうですか」

『おまえは、それで満足してるのか?』

「そもそも、文句を言える立場じゃありませんから。それに、決められていることです」


 左目の交換手術の際、稀人の手のひらには次々と魔石が載せられていく。それらはすべて、過去に機構の回収人が結晶化させたものだ。

 支給される魔石は、内部に発生した渦の大きさで決められるのだった。

 ふう、と頭の中に、他人のため息が響く。


『そうか。おれは、少し寝る。町に着いたら起こしてくれ』

「監視はどうするんです」


 驚いて問う。「目」の意識が左目に宿っている間、その肉体は機構内で眠っている。が、報告書の作成などの際には、任意で意識を肉体に戻して活動することができた。

 その「目」が寝ると言うことは、意識が肉体に戻る――つまり、左目が義眼同然になることを意味していた。


『おまえが初仕事をほっぽり出して逃げ出すとは思えねえよ。それに、しゃべってたせいで舌を噛んだなんて言われたくねえからな。馬に鞭を入れろよ……って、おまえ襲歩は苦手なんだったな』

「できますよ。できるようになったじゃないですか」

『だいぶ危なっかしかったけどな』


 エレミヤの言葉が終わらぬうちに、イザヤは馬に鞭を入れた。顔をたたくような風に、思わず目を細める。


『しかしその魔石、よく考えりゃおれたちにぴったりだな』


 エレミヤのつぶやきが、風切り音の向こうに聞こえた。


『――何せ、『世紀の嫌われ者』だもんな』


 夢の中で聞く自分の声のようなその言葉は、しばらくの間、イザヤの耳にこびりついて離れなかった。

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