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9.推しが尊い

「ははは、来る頃だと思ったよ」

未だ私と距離を詰めたままの殿下が穏やかな笑みを浮かべる。


「近いっ!離れろ」

そんな殿下に近寄ったアレン様はグイっと殿下の肩を押しのけ私から距離を取らせた。

いくら仲がいいとはいってもそれは不敬では、と頭の片隅で思ったが、そんなことよりも別のことに意識を持っていかれる。



「ア、アレン様……」


震える声しか出なかった。

先ほどから聞こえる声は前世で繰り返し何度も聞いた最推しのもの。


「あっ……、えっと…久しぶり……」

対するアレン様は私とは目を合わせることなく視線をさ迷わせる。

それがどんな言葉でもついついそのお声に聞き惚れてしまう。


「アレン様……声が……」

「あー…、うん……」

なぜだか歯切れの悪いアレン様は困ったように人差し指で頬を掻く。


「この声、変じゃない?リリベル俺の声が好きだって言ってたから……」

なんてことっ!

変なんてことあるはずがない。

私が今まで聞いたどんな声より最上のものなのに。



「す、素晴らしいですっ!もちろん今までも素敵ですが、深みが出て大人っぽくて、すすすごくいいです」


思わず興奮して私は前のめりに答える。

アレン様にだけは誤解されたくない。

私が好きなのはアレン様の声なのだ。

前世ではこの今の声しか聴いたことがない。

それに惚れ込んだのはもちろんの話だが、こちらに転生して声変わり前のアレン様の声を聴いて。

私は確信したのだ。

子どもの声も大人になった声も。

それがどの時代のものでもアレン様の声である以上、私にとっては最高で唯一のものなのだ。



「ぶっ」



ん?

今誰か噴き出した?

私は思わず握りしめていた拳をそのままに、ぎぎっと音が鳴るように首を曲げる。

そこにいるのは肩を震わせるフィリップ殿下。

わ、忘れていた…。

ここには殿下がいたのだ。



「何?これがリリベル嬢の素顔なの?ふっ、はは!面白いね」

涙で滲んだ眼を指で押さえながら隠すことなく笑う殿下に、私は身体の前で握っていた拳をそっと下ろす。

すでに手遅れだろうが、そっと貴族の仮面をかぶりなおし微笑みを湛えてみる。


駄目だ。

殿下の笑いが止まらない。



「さて、ローズヒップティーのことも聞けたし、私も公務に戻るよ。リリベル嬢、父上の方はもう少しかかるかもしれないからアレンと庭でも散歩しているといいよ」

ひとしきり笑った後にふうっと一息ついたフィリップ殿下の顔は、もう王太子殿下のものになっていた。







◇ ◇ ◇






「ごめん、リリベル」

色とりどりの花が咲き誇る庭園で聞こえる最推しの声。


ふわあ、いいお声。

いい香りを漂わせる綺麗な花、そして耳からは極上の声。

最高のシチュエーション……。

じゃなくてっ!

推しが謝っている!?

私がアレン様の顔を見ると、申し訳ないとばかりに暗い顔をしたアレン様と目が合った。



「初めに声が変わったとき、風邪かと思ってリリベルと会うのは日を改めようと思っていたらどんどん声が低くなって……。それでリリベルと会うのが怖くなった」

「こ、怖い…?」

「俺の声が好きだと言ってくれていたから、今の声を聴いてリリベルがどう思うか考えてしまって……」

私は思わずアレン様の手を両手で握りしめた。


「私は!どんな声でも、それがアレン様を形成している声である以上、大好きですっ!」

アレン様の顔が驚きに変わる。

そこで私ははたと気づく。

今目の前にあるのは私の手と、アレン様の手……。

なにやらすごく握りしめている。


「す、すみませ……っ!」

離そうとした手はアレン様の手によって阻まれる。

私の手を握りこんだアレン様はそのままするりと指の間に自分の指を絡ませた。

こっ、ここここ恋人繋ぎ……っ!

私が驚き顔を真っ赤にしたところでアレン様から爆弾発言。


「俺もリリベルが大好きだ」


えっと。

倒れてもいいですか?

推しが極上ボイスで最高のセリフを言っているんですが?

しかも照れ顔!

ご褒美が過ぎる!






「あと、ありがとう。リリベルからもらったローズヒップティーが効いて母上も兄上も今はすごぶる調子がいいんだ。そのことで少しバタついたりもしたけど……。フィリップから何か聞いた?」


アレン様の言葉に私は先ほどの殿下との会話をかいつまんで説明する。


するとアレン様は少し険しい表情をしながら、繋いでいない方の手を顎に当てる。

「フィリップはさすが王族だけあって勘がいい。リリベルになにか利用価値を見出したかもしれない」

「利用価値…ですか?」


そんなものあるかな?

私は首をひねりながら考える。


「俺のちょっとした話だけで、すぐにお茶を作ることに成功しているだろう?リリベルには色々な知識があるんじゃないかってフィリップは思っているみたいだ。今回のことも陛下ではなく同じ年であるフィリップと話をすることで、リリベルから何か情報を引き出せないかと思ってのことだと思う」


そう言えばお茶を作った時の話をしたときはフィリップ殿下の笑顔が黒かったような……。

私はその時を思い出しブルリと震える。


「俺も婚約してからの数か月、リリベルの博識さには驚いていたんだ。君の知識は柔軟で新しいものがたくさんある。それは権力なんてものに利用されていいものじゃない。ハートウェル伯爵とも、王族がリリベルに注目しないように、君の知識や発想は領地だけに留めておけるようにという相談をしていたんだ」


し、知らなかった。

確かに私が前世で知りえた情報は、こちらでは新しいものが多く、だからこそ色々試せるのが楽しくて。

その知識によって物事が便利で良い影響を与えていくのが嬉しくて。

私がやっていることなんてそんな大それたことじゃないと思っていた。

だけど新しい知識は時に争いも生む。

それは歴史なんかでも語られている通りだ。

私はお父様やアレン様に守られていたのだ。


「そ、そうだったのですね。私、何も深く考えず、守られていたことにも気づかず……」

自分の浅はかさが恥ずかしくなった。

「リリベルはそれでいいんだ。ハートウェル伯爵もリリベルと色々試行錯誤するのは楽しんでいるようだし。それに……」

そんな私にも優しい言葉をくれるアレン様。

ふと言葉が途切れたので、私は俯いていた顔を上げる。


はうっ!

甘い顔のアレン様、頂きました!

ありがとうございます!!


心の中で拝んでいるとアレン様はおもむろに私の髪の毛をひと房その手に取った。

そしてそのままそれはアレン様の薄くて形の良い唇へ。


「俺はただ単にフィリップにリリベルを奪われたくないだけ。ただの私情だ」


私より背が高いのに、上目遣いをするという器用なアレン様に悶絶死しそうです。


案の定真っ赤になる私に、これまた目が溶けてしまうほどの極上の笑顔を向けるアレン様。

推しが尊すぎる…。


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