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8.推しの声が…

アレン様と婚約をして早8か月。


この間13歳の誕生日を迎えたアレン様には家紋を刺繍したハンカチと、手作りのクッキーを手渡した。

推しの生誕祭なのだからもっと張り切りたかったが、なんせ先立つものがなかった。

それでもすごく喜んでくれていた。


―――はず。



はにかんで「ありがとう」と言ってくれたのだ。

あの顔、尊かった……。


ではなくて!


確かに喜んでくれていたはず。

だけど…………………。



「なんで、お会いしてくれないのかな……」


部屋で一人ごちる私に、メイドのミアがお茶を淹れなおしてくれる。


そうなのだ。

アレン様の誕生日から1か月。

私はアレン様とお会いできていない。

今までは週に1度はお会いしていたのに…。



手紙は毎日のように来るのだ。

そこには元気でいることも書かれている。

多忙でなかなか会う時間が取れない、ということも。

もしかしたらプレゼントが気に入らなかった?

なんて後ろ向きな考えも出るが、アレン様はそんなことで気を悪くしたりしない。



そうこの時期だと別の不安が私の胸に押し寄せる。

ちょうどこの時期なのだ。

アレン様のお母様が流行病にかかるのが。


アレン様への手紙にそれとなくご家族のことも書いてみたけど。

元気でいるという返事は来る。

だけどもそれは私に心配をかけさせまいとしてのことなら?


うーんうーん唸っているとミアがそっと肩に手を置いた。


「お嬢さま、スペンサー公爵令息様はきっとご多忙なだけですよ。お手紙にもそう書かれていたのでしょう?」

「うん……。そうなんだけど。ねぇミアの弟は王都にいたわよね。最近何か変わったこと言ってなかった?例えばなんか病気が流行っているとか……」

私はミアの弟が騎士団の見習いになったことを思い出した。

ミアは私の質問に顎に手を当てて考える。


「そうですね。特に何も言ってはいませんでしたが………、あ。」

「え?何?」

「いえ、風邪っぽい症状があったけどお嬢様から頂いたローズヒップティーですぐ治ったということは言っていました。あとこれは見習いの者たちの中にも風邪の症状が出たからローズヒップティーを分けてみんなすぐに治った、と」

「それは良かったわ!」


やはりローズヒップティーにはかなりの効果が見られるようだ。

それはそれで嬉しい。


だが、それとは別にやはりアレン様と会えない事実が私を暗くさせる。






だがそのすぐ後だった。


私とお父様に王宮に来るように王命が下ったのは――。








◇◇◇








数年ぶりに王宮へ足を踏み入れた私とお父様。

お父様は先に国王陛下との謁見に行かれた。

そして私は別の部屋へと案内された。

そこにいたのはなぜかフィリップ殿下。



「君がアレンの婚約者のリリベル嬢か」

驚きで一瞬フリーズしてしまったが、慌てて礼を取る。

「ハートウェル伯爵家リリベルと申します」


「堅苦しい挨拶はいいよ」

殿下の声はすごく柔らかい。

しかも滑舌が良くて聞きやすい。

アナウンサーになったら人気が出そうだ。

そんなことを考えながら頭をあげ、姿勢を正す。


お茶会のときは食べてばっかりでちゃんと見ていなかったが、フィリップ殿下は物語に出てくるような王子様のようだ。

王家に伝わる黄金の髪。

瞳は初夏を思い出させる若葉色。


殿下は悠然たる笑みを浮かべながら私の目の前に来る。


「お茶会以来かな。フィリップ・クリストフだ」

にこにこ笑う顔はとても友好的だけども、そこには決して腹の内は読ませないという上に立つ者の意思も感じられる。


「ふふ、アレンがずっと隠している婚約者殿にはとても興味があったんだ」

いたずらが成功したような笑みを漏らす殿下を思わずじっと見てしまう。

いやいや、隠すとは?

田舎の方の領地なのでなかなか王都に来られていないだけですよ。

そうとは言えずとりあえず笑うことしかできない私。




ゲームの中のフィリップ殿下と言えば、幼いころから優秀で周りからの信頼も厚い王太子殿下。

まだ幼い第二王子との確執もなく、この国の国王となるべく生まれた人。

ただ、やはりそこは一人の人間としてそれなりに重責を感じている。

そしてそれを周りに感じさせない器用さもある。

だが、ただ一人ヒロインがそのことに気づくのだ。

殿下自身も気づいていなかった周りからの期待からくる孤独やプレッシャーに。

それに気づいてくれたことによって、殿下の中でヒロインが特別になり安らぎを与えてくれる唯一無二の存在になっていく。

普段は飄々としている殿下がヒロインだけに見せる甘えた表情が、ゲーム中一番の萌えポイントとして人気を博している。



ゲームの内容を整理しつつ私は促されるままソファに座る。

殿下もその前の椅子に腰を掛けると、それを合図に部屋にいるメイドさんたちがお茶とお菓子の準備に入った。


「急に王宮に呼び出されて驚いただろう?」

「は、はい」

綺麗な所作でお茶を飲むフィリップ殿下が、ちらりと私を見る。


「ベビーローズからできたローズヒップティー」

「え……?」

「君の領地のものだよね?」


殿下からの突然の言葉に私は驚きから言葉を失う。

これはどういう意図?

貴族との交流が極端に少ないため、私は腹芸が苦手だ。

しかも相手はその手のことには慣れた王族。

その意図なんて考えてもわかるはずもない。


私は早々に白旗を上げる。

元より王族相手に腹を探るなんて土台無理な話なのだ。


「そう…です……」

小さな声しか出せなかった私に殿下は柔らかく笑った。

「そう緊張しないで。大人の話は私と君の父上がしているだろうから。これは普通の子ども同士の雑談だと思ってほしい」

「雑談……」

「そう。雑談だ。実はローズヒップティーというものがここ最近王都で流行りつつあった病に効くと評判でね。まだ小さな噂程度なんだけど、騎士団を中心にこの噂は出回っている」

騎士団と聞いて私はミアの弟の話を思い出す。



「それとスペンサー公爵家なんだけどね……」

「ア、アレン様の……」

「ふふ、アレンの家のことになると顔色が変わったね」

そうはっきりと指摘されると恥ずかしい。


「アレンの母君と兄君の体調が悪かったのだが、そのローズヒップティーを飲んで回復したらしい。アレンから報告を聞いて王宮にもいくつか譲ってもらって体調の悪い者に飲ませたら効果が出てね。渋々だったけど、アレンから聞き出したんだ。リリベル嬢の領地で作られたものだと」

「そうでしたか……」

その話を聞いて私は心底ほっとした。

アレン様のお母様もお兄様も流行病にはかかっていない。

特効薬ではないにしろ、ローズヒップティーはそれなりの効果があるみたいでそれも嬉しい話だった。


「あれはどういった経緯で作られたのかな?薔薇と言えば普通は観て楽しむものだろう?」

「それは、アレン様がそのようなことを仰っていまして。実から作ったお茶を飲むと簡単な風邪なら治ると言う話を聞いたことがあると……」

「へえ。話を聞いただけで作れるものなんだね。リリベル嬢の領地の方たちは優秀だね」


なんだか殿下の笑顔が黒いような…。

なんだろう何か粗相をしてしまっただろうか……。


「それでリリベル嬢の領地には今どれくらいローズヒップティーがあるの?」

「あ、うちの庭に植えたベビーローズで作ったので、もうそれほど数はありません」

「そうか……。じゃあこれから本格的に病が流行ると危ないな……」

殿下が顎に手を当てて深刻な表情になる。

確かにうちの領地にあるベビーローズだけでは数は知れている。

これから増えると考えられる人たち相手では圧倒的に数が足りない。


だが、それなら……。


「あの……」

「ん?」

「ベビーローズの苗は南の領地から頂きました。そちらには豊富にベビーローズが咲き誇っていたそうです」

「そこは、なんという領地かわかる?」

「ダントス男爵の領地です」

「そう」

にっこりと笑った殿下がゆっくりと立ち上がり、私の隣に腰掛ける。

え、なんで?

という疑問が起こるも私は引きつった笑顔しか出ない。


「貴重な情報ありがとう。リリベル嬢とはもう少し話をしたいな……」

殿下が私に近寄ると、私は同じだけ距離を空ける。

だけどそれももうできない。

私の体はソファのひじ掛けにぶつかりそれ以上移動できなくなってしまった。


どうしたものか、と冷や汗をかく私に変わらずニコニコ顔の殿下。

そんな時、大きな声がこの場に響いた。




「フィリップ!!」



え……?

その声に心が揺さぶられる。

大きく心臓が鳴って。

腰が砕けそう。


本質は変わらない。

この声は優しくて甘さを含むアレン様のもの……。

そこに深みを帯び少し低くなったこの声に自然私の心が震える。


とても懐かしい。



これは……。


私の前世での最推しの声―――。




ゆっくりと振り向くと部屋の入り口にアレン様が立っていた。




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