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3.推しとの出会い

王宮でのお茶会はガーデンパーティ形式だった。

綺麗に整備された広大な王宮の中庭にテーブルや椅子が並べられ、そこら中に色とりどりのお菓子や飲み物が並んでいる。



流石王宮というべきか、ケーキ一つとっても花を模したクリームが飾られたり、キラキラ輝くアラザンが乗っていて目でも楽しめるスイーツたちばかり。

お母様は早々にお友達と談笑中のため、私は目を輝かせながら目につくスイーツや飲み物を楽しんだ。



――んだけど……。

まあこれだけ食べたり飲んだりしてたら催すよね~…。


とりあえずお手洗いに行って、すっきりした私は戻ろうと来た道を歩いた。

おかしいと思ったのは見たことがない見事なバラでできたアーチが目の前に出てきた時だった。



「あれ?」


ここは通っていないぞ…。

きょろきょろと辺りを見渡すもどこも見覚えがない気がして、背中に冷たい汗が伝う。

まさか……迷子?


「なーんて」


私は12歳だ。前世も入れると相当な年齢なのだ。

あろうことか迷子なんて!

思わず明るく言ってみるも、この状況が変わるでもない。

さっきまで聞こえていた楽し気な声も聞こえない。

聞こえるのはそよそよと風に揺れる葉の音だけ。

こんな人気のない場所で迷子なんて。

もしかしたら入ってはいけない場所に入り込んで処刑されたりとか…。

王宮ならありうる……。



本格的に焦ってきたところで、私は耳を疑う声を聴いた。



「そこにいるのは誰だ」



心臓が震えた。

まさか、とも思うが私がその声を聴き間違うはずがない。

記憶より少し高めだが、とろけるような甘さを含んだその声。


ドキン、ドキンと心臓の音がやけにうるさい。




うるさく鳴る胸を押さえながら私はゆっくり振り返り、その人物を確認した。


「推し……、尊っ」

思わず漏れた本音にばっと口を押さえる。

それでも視線はずっと目の前から外れない。


ネイビーブルーの髪、蜂蜜色の瞳。

幼くともそのご尊顔を見間違うはずがない。

というか、少年の幼さを残す丸みの帯びたこの顔も良き…!


間違いない。

この方こそ前世での私の最推しであるアレン・スペンサー様。


ここは知らない世界だと思い込んでいた私はすっかり気を抜いていた。

だが目の前のアレン様が現実を突きつける。

ここは、あの世界?

何度も何度もやりこんだあの……。




「おし?」


呆ける私の前で、アレン様は未だ警戒の色をその瞳にまとわせながら私の言葉を繰り返す。


……声がイイっ!

まだ声変わり前のこの声すら素敵すぎる。

もっと聞きたい!

いやずっと聞いていたい!!

あんなことやこんなこと言って欲しい!



って妄想に耽っている場合ではなかった。

私は緩みそうになっていた表情筋を叱責し貴族の顔を作る。

ドレスの裾を掴みカーテシーをしながら言葉を綴る。


「私はハートウェル伯爵家長女、リリベルと申します」

「私はスペンサー公爵家のアレンだ」


はうっ…。

耳から入る声に足が震える。カーテシーが崩れそうです…。


やっぱりアレン・スペンサー様だっ!!

ということは、あの世界のモブに転生?

そんなことよりも、この声が現実に聴けるなんて!


フィリップ殿下とアレン様は同じ年齢。

学園に通ったらもしかしなくともこの声を聴いていられるのでは!?

授業中のアレン様。

昼食を食べるアレン様。

休憩中のアレン様。


うん!どれもいい!

推せる自信しかない!




「ハートウェル伯爵令嬢は今日のお茶会に来られているのか?」


興奮を無理やり抑え込み、アレン様を見る。

最推しの声を持つアレン様は容姿もドストライク。

カッコイイです。

素敵です。

好みが服着て歩いています。


これはいけない。

油断したら息が荒くなりそうです。



「そ、そそそうです…」

駄目だあっ。声が震える。これじゃあ不審人物だよ…。

だって生で声が聴けるんだよ!

私の名を呼んでるんだよっ!

顔は熱いし、心臓はうるさい。



「体調でも悪いのか?」

あまりにも至近距離から聞こえる声に驚いて顔を上げると私の様子を見ようと顔を近づけたアレン様のドアップ。


「だっ!ダメです!近いです!!その素敵な声とご尊顔が近すぎて倒れそうですぅぅっ!」

「……は?」


や、やってもうたーーー。

目上の公爵家子息のアレン様に向かって、支離滅裂なことを叫ぶなんてっ!



「ぶはっ」


??

あれ、今噴き出した?

まさか?

あの滅多なことでは笑わない悲しい過去の持主であるアレン様が?

ヒロインの前だけしか表情を崩さない、そのギャップがたまらないあのアレン様が?


ぶはって…。

ぶはって吹いた?


私は恐る恐るアレン様を見る。

私から顔を逸らしてはいるも、肩が盛大に揺れている。


「ふっ、はははっ。す、素敵な声って!そんなこと初めて言われた」

ついには隠すことなく大きな声で笑うアレン様。


なんということでしょう。

え、拝んでいいかな。

満面の笑みなんて何周目かしてやっとこさ手に入れたたった1枚のスチルしかない。

そんなレア中のレアのアレン様の笑顔見せてもらったけど、いいのかな?

なんのご褒美?


はい、課金しますよ~。

お金はどこから払えばいいですかーーー?


私が食い入るように見ていることに気づいたアレン様が、眦の涙を拭きながら「失礼」と一言言った。

ただし、その体はまだ揺れている。


「名で呼んでも?」

「は、はひ…」

噛んだ!

しかしそんな私にも未だ笑みを湛え乍ら見るアレン様。


「リリベル嬢、面白い人だな。いやでもご令嬢に対しこれは失礼かな」

「いえっ!スペンサー様の笑いの種になれたこと光栄です」

「っふ…。駄目だ……リリベル嬢と話すと顔が作れない……。ははっ」


ひとしきり笑ったあと、ふうっと息をついて、私を見て。


「俺のことはアレンでいい」

と、これまたいい笑顔でおっしゃるアレン様。


「え!そんな恐れ多い!」

「呼んでくれるよな?」

「はひ…」


またしても噛んだ!

でも仕方なくない?

耳元で囁くのはダメだってば。

何を言われても「はひ」としか言えないよっ!


「アアアアアレン様…」

「アが多いな……」

こてっと顔を傾げる姿に悶える脳内の私。

顔が熱い。


「そんなに俺の声好き?」

さっきからアレン様がご自分のこと俺と言っているよぉ…。

これはヒロインとの好感度がある程度上がったときに変わるやつーーー。

なんでとか色々思うところあるけれど!

今はもうアレン様の声を拾うので精一杯。

もっと堪能したいけど、生の声がこんなにも破壊力があると思わなかった。




「すすす好きです…っ」

「ふうん……。声だけ?」

「え!」


アレン様が私を見つめている。

何これ。

本当に現実?

ほっぺ抓る?

いやいやそれしたら本当に不審者だ。


「ア、アレン様の綺麗な髪も!蜂蜜のような目も!努力家なところも…」

「初対面だよね?」

そう言われてさっと顔色が変わる。

そうだよこの世界では初対面だよ。

何あなたの全てを知っていますみたいなことを口走ろうとしていたのか。


「お、お噂を聞いて。騎士団長のご子息であるアレン様自らも騎士団に入って、大人の方にも負けず鍛錬を積まれていると……」

公式プロフィールを必死に思い出しながら言い募る。

「そう……」

疑われていないかとそっと窺いみると、顔を逸らしているため表情は見えないが耳が赤く染まっていた。


え!信じられます?

耳の形までいいなんて!



「会場まで送って行こう。ご家族も心配されているだろうし」

「は、はひ……」


しばらくして、アレン様はこちらを振り向いてふわりと笑った。

いや、その破壊力よ。

アレン様の破壊力は声だけにあらず。

もう思考を手放します。






正常に働かない頭で、そのままふわふわしていた私はそれ以降の記憶はなく、気づけば伯父様の邸であった。


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