★書籍化記念★SS
明日9月10日、ついに双葉社さんより書籍がでます
そんな記念のSS
アレン・フィリップ・ギルバートの執務室内での会話です
婚約してすぐの話
「アレン、婚約したそうだな」
フィリップの執務室。
いつものように書類整理を手伝っていた時だった。
俺は確認していた書類から顔を上げて目の前にいるフィリップを見ると、先ほどまで走らせていたペンをおいて、こちらを面白そうに見ていた。
「そうなのか?」
そう言うのは俺の左側に座るギルバートだ。
ギルバートと共にフィリップの公務の手伝いを始めたのはいつからだろうか。
始めは遊びの延長だった。
それが徐々に重要な公務も任せてくるようになり、もうすぐしたら正式に側近として任命されることも決まっている。
「耳が早いな」
婚約の了承をもらって、リリベルの領地に行ったのが昨日の話だ。
王家だから当たり前だろうが、フィリップの情報の早さにはいつも感心する。
「紹介はしてくれないのかい?」
にっこりと笑うフィリップ。
「領地が遠いからな」
嘘は言っていない。
ただそれだけが理由ではないが。
「どこのご令嬢だ?」
「ハートウェル伯爵家のリリベル嬢だ」
「お前が答えるのか……」
ギルバートの問いにフィリップが答えるのを俺は呆れた目で見る。
「私の母上がアレンの母君から聞いたんだ。アレンもついに唯一と思える子と出会ったと」
王妃殿下と俺の母上が仲がいいのは周知の事実だ。
二人は俺も数年後は通うことになるローズ学園での同級生で、今でもよく王宮でお茶をする仲だ。
だから俺の話は王妃殿下経由でフィリップに伝わることが多い。
「私はそういうのはよくわからないな」
ギルバートがいつもと変わりなく動かない表情でそれだけ言うと手元の書類に視線を戻した。
確かに俺もリリベルと出会うまではそう思っていた。
「お茶会に来ていた令嬢だろう? 紫の髪をしていて、私と話すよりも料理の並んだテーブルの前にばかりいた」
さすがよく見ている。
フィリップよりも料理の方に興味があるところがリリベルらしいというか。
何よりもフィリップに興味を持たなかったことが嬉しい。
「それで、どんな子なんだ?」
フィリップの言葉に俺はリリベルを思い浮かべる。
初めて会った日に惹かれて、昨日会ってさらに愛しさが募った。
考えるだけでまた会いたくなるほどの……。
「リリベルは小さくて柔らかくて甘い香りがして、とても可愛いんだ。それに素直で明るくて知識も豊富で嘘がない……。とにかく可愛い」
「二度言ったな……」
ぽそりと言って書類から顔を上げたギルバートが俺を見て驚いた表情をする。
滅多に表情が動かないのに珍しいこともあるものだ。
とフィリップを見ればこちらも珍しく素の表情をこちらに向けている。
王太子としての仮面をフィリップが外すことも珍しい。
最近は俺たちの間でさえあまり見せない顔だ。
「お前、そんな顔できるんだな……。最近では仏頂面しか見ていなかったが」
失礼な奴だな。
俺はフィリップを軽く睨む。
俺だって社交の場ではちゃんと笑顔を張り付けているだろう。
「仏頂面はギルバートだろう」
ギルバートの笑顔なんて思い出せないくらいだぞ。
俺がそう言えばフィリップはやけに真面目な顔をして首を振る。
「いや、ギルバートは仏頂面ではなく、表情筋が死んでいるだけだ」
「……失礼だな」
隣でギルバートが薄いアイスブルーの目を細めた。
「まあ、しかし。やはりアレンも公爵の息子なだけあるな」
未だ仕事に戻るそぶりのないフィリップが楽しそうな声を出した。
「どういう意味だ?」
突然何の話だ、と俺は書類に戻しかけた視線をフィリップに向ける。
「あの厳しくて強面で有名な騎士団長である公爵が夫人だけに見せる表情。リリベル嬢のことを話しているお前も同じ表情だったぞ」
こちらを見てにやりと笑うフィリップ。
父上が母上だけに見せる表情……。
家では当たり前だったから不思議に思うこともなかった。
とにかく母上には優しい父上。
騎士団の練習ではよく怒号を飛ばしているが、家ではそんな声聞いたことがない。
いつだって母上を優先し、常に気にかけている。
母上は体が弱いから過保護なほどその身を案じている。
母上は父上の唯一だから。
だから何よりも大事にされているのだ。
そして俺も今はその気持ちがよくわかる。
大事にしたいし、甘やかしたい。
リリベルは何をしたら喜んでくれるのか。
どんなものが好きなのか。
これからいっぱい知っていきたい。
色んな表情を見せてほしい。
…………だめだな。
昨日会ったばかりだというのに、もう会いたい。
「お前にそんな表情をさせるなんてな。……リリベル嬢か」
「会わせないぞ」
思わず本音が出てしまった。
ギルバートもちらりとこちらを見たが、もう興味を失くしたかのように書類へと視線を戻した。
「さて、もうひと仕事頑張るか」
何だか嬉しそうに仕事に戻るフィリップに嫌な予感がする。
強引に何か仕掛けてきそうな、そんな予感。
その俺の予感が当たったと知るのはまだ数か月も先の話。




