22.推しの懺悔
公爵家へと向かう馬車の中で、私はアレン様からこれまでのことを聞いた。
それは、マリア様が魅了の力を故意に使えるのではないかという疑惑が出た日に遡る。
あの日、殿下がマリア様と話したことは魅了の力について。
ただこれは殿下も言っていたように故意に使っているわけではなさそうという結論に落ち着いた。
マリア様には厳重注意したのち、その影響力は計り知れないとのことで王家はマリア様を要注意人物と認定。
そして成人の儀。
あの日、殿下に極秘で情報を流したのはオリバー様。
オリバー様もまたマリア様の魅了にかかっていたようだが、マリア様が学園にいる間にその効力が切れたらしい。
対象者から一定期間離れると魅了の効力は失われるのだ。
だからこそギルバート様も休学や留学でマリア様から距離をとるという対策を取られた。
そもそもとしてその魅了は、心に想う人がいれば効かない。
アレン様には私がいたから……、いや嬉しすぎるけど…。
有難い話です。
で、殿下もまたアナスタシア様がいるから、ということに……。
まあ、その話は置いておいて!
オリバー様の極秘の情報というのが、マリア様の領地ダントス領でなにやら薬を作っているという情報。
そう、それが虹の雫だった。
その情報を受けて内密にマリア様からその情報を探るという役目を買って出たのがアレン様だと言うわけだ。
精神に作用するということでアレン様もかなり慎重にマリア様の前で飲食をしないようにしていたらしいが、実は虹の雫は口に入れるものではなかったのだ。
ゲームでは使用した、というコマンドだけだが、実際の虹の雫は粉状でそれを対象者に振りかけるのだ。
雫というワードのせいで私は完全に液体だと思っていた。
これはアレン様が専門家の方から聞いた話だが、虹の雫の特殊な成分を鼻や皮膚から吸収されると目の前の人に依存するようになる薬物だったらしい。
なんてことないゲームの好感度アップのアイテムは、現実社会では恐ろしいほどの効き目のある薬物だったのだ。
同じ領地に住むオリバー様が、マリア様の家で何かしらの禁止薬物を作っているという情報を掴み、自分をパートナーとして成人の儀に参加させるよういまだ魅了にかかった振りをしてあの舞踏会に参加したらしい。
それは殿下と接触を図るため。
アレン様に虹の雫が使われてからは、マリア様は危険人物として常に王家の影が張り付くようになった。
私の居場所がすぐにわかったのもそのおかげでもある。
私を拉致するのに協力したのは、マリア様が婚約破棄や解消に追い込んだ子爵家や伯爵家のご令息たちだった。
その中の一人の領地の物置小屋に私は監禁されていた。
今回拉致に協力したご令息たちはマリア様の魅了によってのことだったので情状酌量の余地はあるとのことだったが、それでもそれぞれの家にお咎めはあるらしい。
公爵家に着いた私はアレン様とは別の部屋で念入りに治療を施され、用意されていたドレスに着替え温かいお茶と美味しそうなスイーツを前にソファにゆったりと腰掛けている。
それにしても今日は怒涛の1日だった。
アレン様から色々話を聞いてもどこか現実ではないようにふわふわした頭で聞いていた。
疲れのせいか薬のせいかはわからない。
それでも最推しの声がこれが現実だと教えてくれる。
アレン様の薬の効果は切れている……。
その事実があれば、私にとって今日の出来事は大したことがなくなる。
馬車でのアレン様は終始硬い表情をされていた。
今までのことを気に病んでいるのかもしれない…。
そんなことを考えている私の耳に、コンコンコンとノックの音。
「はい」
と声をかけるとアレン様がドアから顔をのぞかせた。
「リリベル、入っても?」
「もちろんです」
アレン様は私へ手を伸ばしたが、躊躇したあとその手をそっと下ろした。
「アレン様?」
私は未だに硬い表情のアレン様を下から覗き込む。
「俺は………、リリベルに取り返しのつかないことをした……」
私の口元を見ながら苦し気に呟かれるアレン様に私は首を振る。
「大丈夫ですよ!傷はすぐ治ります」
優しいアレン様のことだ。
口元についた傷のことを言っているのだと私は懸命に弁明する。
そもそもこの傷はアレン様の所為ではないのだ。
「………それだけじゃなく……………」
アレン様の顔は辛そうで痛そうで。
私は見ていられなくて、その頬に手を当てた。
びくりと体を震わせるもその手が払われることはない。
じわじわと実感してくる。
もうこの手は払われないのだと。
辛そうな顔をしているが、その瞳にあのときの冷たさはない。
アレン様の左頬には白いテープが貼られている。
うっすらと腫れてもいる。
痛いかもしれないが、私はそちらの頬にも手を添えた。
「アレン様もお怪我を……。ふふ、お揃いですね」
私は努めて明るい声を出すも、アレン様は泣きそうに笑った。
「俺は騎士団で稽古をしているときから怪我など日常茶飯事だ。だがリリベルは違うだろう?」
戸惑いつつ、アレン様の震える手が壊れ物を触るかのようにそっと私の頬に触れた。
「………痛かっただろう?怖かっただろう?」
アレン様の問いに私はフルフルと首を振った。
こんなもの、あの時の胸の痛みと比べたらどうってことない。
むしろマリア様にも言いたいこと言ったのだ。
名誉の負傷だ。
「それに、俺はリリベルを傷つけた」
アレン様の絞り出すような声に胸が締め付けられる。
アレン様は虹の雫を使われたあとの記憶もあるのだ、と気づく。
「薬の所為などと、そんなものはただの言い訳だ。全部覚えているんだ。リリベルに言った言葉も、リリベルに対する態度も……。ごめん、リリベル。何度謝っても足りないが………、本当にすまなかった!」
「アレン様っ!顔を上げてください!もういいんです。思い出してくれたのでしょう?」
頭を下げるアレン様に焦って顔を上げさせる。
「本来なら婚約を破棄されてもいいくらいなんだ」
「い、嫌ですっ!!!」
私は咄嗟に叫ぶようにアレン様の言葉を遮った。
私は決意したのだ。
アレン様を幸せにすると。
私だってもうアレン様なしではこの先生きていける気がしないほどアレン様を想っているのだ。
「私はアレン様を幸せにしたいのです。大好きなのです。私から離れるならストーカーになりますからね。ずっとアレン様の後からついて回って、ずっと見続けるんだから………」
「す、すとーかー……?」
「覚悟してください!開き直ったオタクの愛は重いんです!」
そう私はアレン様オタクだ。
私は両手を握りしめ、その覚悟をアレン様へとぶつける。
肩で息をしながら私はぽかんとした表情のアレン様を見て、さあっと頭が冷える。
あ、やらかした…?
私とアレン様の間にしばしの静寂。
私は背中に冷たい汗が伝うのを感じる。




